ケララのベニスで味わった甘い誘惑と苦い現実
南インドのケララ州にあるアレッピー(Alleppey)。「ケララのベニス」と呼ばれる水郷地帯で、椰子の木が立ち並ぶ運河をハウスボートで巡る観光が有名です。私も雑誌で見た美しい写真に魅了され、2泊3日でこの地を訪れました。しかし、実際に体験してみると想像以上に奥深く、そして予想外の落とし穴もある場所でした。
コーチン国際空港からアレッピーまでは車で約1時間30分。料金は約2,000ルピー(約3,600円)が相場です。到着した瞬間、湿度の高い熱帯の空気と椰子の甘い香りが鼻をくすぐります。
ハウスボート選びで大失敗?予約前に知るべきこと
アレッピー観光のメインといえばハウスボート宿泊。私は事前にネットで予約した1泊2日のハウスボートに約15,000ルピー(約27,000円)を支払いました。しかし、現地に着いて愕然としたのです。
予想していた優雅なクルージングとは程遠く、エンジン音がうるさく、しかも大半の時間は岸に係留されたまま。「なぜ動かないの?」と尋ねると、「燃料節約のため」との回答。これが現実だったのです。
実はハウスボートには3つのカテゴリーがあります。一番安いのは「プレミアム」(8,000ルピー程度)、次が「デラックス」(15,000ルピー程度)、最高級が「ラグジュアリー」(25,000ルピー以上)。私が選んだデラックスでも、設備の古さと清掃の甘さが目立ちました。
地元民だけが知るハウスボートの真実
現地のガイドに聞いた驚くべき事実があります。実は多くの観光客向けハウスボートは、もともと米を運ぶ貨物船「ケットゥヴァラム」を改造したもの。しかし観光業が盛んになった1990年代以降、新造船が急増し、伝統的な船大工の技術を持たない業者も参入したため、品質にばらつきが生まれているのです。
バックウォーターの絶景に息を呑んだ瞬間
ハウスボートの不満はありましたが、バックウォーターの美しさは本物でした。特に早朝6時頃、朝霧が水面に漂う光景は言葉を失うほど神秘的。鳥のさえずりと水の音しか聞こえない静寂の中、小さなカヌーで魚を獲る地元の漁師の姿が絵画のようでした。
バックウォーターは総延長900キロにも及ぶ運河、川、湖の複合水系。アレッピー周辺だけでも約150キロの航行可能な水路があります。メインルートのヴェンバナド湖は、インド最長の湖として知られ、雨季(6月~9月)と乾季では水位が大きく変わります。
現地の人が教えてくれた隠れスポット
観光ガイドには載っていない場所があります。クマラコムバード・サンクチュアリ近くの小さな運河で、地元の人だけが知る野鳥観察ポイント。朝5時30分頃に小さなボートで向かうと、カワセミやサギ、時期が良ければ渡り鳥も見ることができます。料金は交渉次第ですが、500ルピー程度で案内してもらえます。
地元グルメで舌鼓?スパイシーすぎて悶絶した話
ケララ料理の特徴はココナッツとスパイスの絶妙なバランス。ハウスボートでの食事も楽しみの一つでしたが、これがまた予想外でした。
朝食に出されたプットゥ(米粉を蒸した料理)は意外にも優しい味で美味しかったのですが、昼食のフィッシュカリーが強烈。辛さのレベルを聞かれて「ミディアム」と答えたのが運の尽き。口の中が火事状態になり、慌てて水を飲むと余計に辛味が広がる始末。
これだけは食べてほしい!現地の絶品グルメ
失敗もありましたが、忘れられない美味しさに出会えた料理もあります。カッパ・プラ(タピオカとフィッシュカリーの組み合わせ)は、地元の家庭料理店で食べた一品。1皿150ルピー程度で、素朴ながら深い味わいでした。
また、コンカニカフェ(アレッピー中心部、営業時間7:00-22:00)で味わったアッパムは絶品でした。発酵させた米の生地で作るクレープのような料理で、ココナッツミルクで煮込んだチキンカリーとの相性は抜群。1セット200ルピーほどで、日本人の口にも合う優しい味です。
水上生活の住民との触れ合いで感じた温かさ
バックウォーター沿いには約6万人の人々が暮らしており、多くが漁業や農業、観光業で生計を立てています。小さなボートで移動中、洗濯をしている女性や学校へ向かう子どもたちと手を振り合う瞬間は、観光地化された場所では味わえない貴重な体験でした。
特に印象的だったのは、ヴィレッジツアーでの出来事。料金300ルピーで参加した半日ツアーで訪れた小さな村で、椰子の実から繊維を取り出す伝統工芸「コイア製造」を見学しました。70歳を超えるおじいさんが、素手で椰子の繊維をより合わせてロープを作る技術は圧巻。「この技術を覚えるのに20年かかった」と誇らしげに語る姿が印象的でした。
観光業の光と影を垣間見た瞬間
しかし現実的な問題も目の当たりにしました。水質汚染の深刻化です。観光ハウスボートの排水処理が不十分で、かつて透明だった運河の水は濁っています。地元の漁師は「魚の数が年々減っている」と心配していました。持続可能な観光のあり方を考えさせられる経験でした。
アレッピー観光を成功させる実践的なコツ
失敗と成功を踏まえて、これから訪れる方へのアドバイスをお伝えします。
ハウスボート選びの鉄則は、必ず事前に船内を見学すること。アレッピー駅周辺には多くの代理店がありますが、直接船着場で現物を確認してから予約するのがベスト。特にトイレとシャワーの清潔さ、エアコンの動作確認は必須です。
ベストシーズンは10月から3月。雨季明けで水位が安定し、気温も30度前後と比較的過ごしやすくなります。私が訪れた12月は朝晩が涼しく、蚊も少なめでした。
意外な穴場スポット「アレッピービーチ」
多くの観光客が見落とすのがアレッピービーチ。バックウォーターから車で約15分の距離にある美しいビーチで、夕日の絶景スポットとして地元では有名です。観光客はほとんどおらず、のんびりと過ごせる隠れた名所。近くの「シーサイドレストラン」では新鮮な魚料理が味わえます。
帰国後も心に残る、ケララの魔法
結局のところ、ハウスボートでの不満や料理での失敗も含めて、すべてがアレッピーでの貴重な体験となりました。日本の慌ただしい日常とは正反対の、ゆったりとした時間の流れ。水面に映る椰子の木々、鳥たちのさえずり、そして何より現地の人々の温かさ。
帰国してから半年経った今でも、朝のコーヒータイムにふとアレッピーの朝霧を思い出します。完璧ではないからこそ、記憶に深く刻まれる旅になったのかもしれません。
次回ケララを訪れる時は、今度こそ本当の意味での「ケララのベニス」を堪能したいと思っています。きっとその時は、最初の旅で得た教訓が生きることでしょう。