中世の迷路都市で道に迷うのは必然?
シエナに到着した瞬間、私は完全に方向感覚を失いました。この街は意図的に迷わせるように作られているのです。中世の街並みがそのまま残るシエナは、まるで時が止まったかのような美しさですが、実は観光客泣かせの複雑な構造をしています。
シエナ歴史地区は1995年にユネスコ世界遺産に登録されていますが、その理由は単なる美しさだけではありません。12世紀から14世紀にかけて築かれた街並みが、ほぼ完璧な状態で保存されているからです。フィレンツェから南へ約70キロメートル、バスで約1時間30分の距離にあるこの街は、カンポ広場を中心に扇状に広がる独特の地形を持っています。
街歩きの際は必ずスマートフォンのGPSをオンにしておくことをお勧めします。石畳の細い路地が迷路のように入り組んでいるため、地図なしでの散策は本当に危険です。
カンポ広場の「貝殻」に隠された驚くべき仕掛け
カンポ広場(ピアッツァ・デル・カンポ)は「世界で最も美しい広場」と称されますが、その秘密は貝殻のような独特の形状にあります。この広場、実は完全に平らではありません。中央に向かって緩やかに傾斜しており、雨水が自然に流れるように設計されているのです。
広場の床は9つの扇状に分かれており、これはシエナを統治した9人の政治家「九人衆」を表しています。午前中の早い時間(8時頃)に訪れると、観光客がほとんどおらず、この壮大な空間を独占できます。広場を囲む赤レンガの建物群は、すべて中世の商人や銀行家の邸宅だったもので、当時のシエナの繁栄ぶりを物語っています。
プッブリコ宮殿は現在も市庁舎として使われており、入場料は10ユーロ(2024年現在)。内部の「平和の間」にあるアンブロージョ・ロレンツェッティの「良き統治の寓意」は、14世紀の政治思想を描いた貴重なフレスコ画です。
パリオ祭りの狂気?住民が命をかける理由
シエナ最大のイベントパリオ祭り(Palio di Siena)は、毎年7月2日と8月16日にカンポ広場で開催される競馬祭りです。しかし、これは単なる観光イベントではありません。シエナの17の地区(コントラーダ)が、文字通り命をかけて戦う真剣勝負なのです。
競走馬には鞍が付けられず、騎手が落馬しても馬がゴールインすれば勝利となる過酷なルールがあります。観戦チケットは数百ユーロと高額ですが、広場の中央部分は無料で立ち見できます。ただし、午後2時頃から場所取りが始まり、レース開始の午後7時(8月は7時45分)まで一度広場から出ると再入場できません。
地元住民にとってパリオは宗教以上に神聖なもの。勝利した地区では3日間祝宴が続き、負けた地区との間には1年間の深い溝が生まれることもあります。この祭りを理解すれば、シエナという街の本当の姿が見えてきます。
ドゥオーモの床に隠された「禁断の知識」
シエナ大聖堂(ドゥオーモ)の最大の見どころは、実は天井ではなく足元にあります。大理石で作られた56枚の床絵は、キリスト教の歴史だけでなく、異教的な哲学や錬金術的な知識まで描かれた「石の百科事典」なのです。
特に注目すべきは「ヘルメス・トリスメギストス」の図像。これは中世ヨーロッパで禁じられていた古代エジプトの知識を表しており、なぜカトリック教会の聖堂にこのような図像があるのかは今でも謎に包まれています。
入場料は7ユーロで、8月中旬から10月末までの期間限定で床絵がすべて公開されます(通常は保護のためカバーがかけられています)。ピッコローミニ図書館は別途5ユーロの追加料金が必要ですが、ピントゥリッキオの鮮やかなフレスコ画は一見の価値があります。
営業時間は夏季(3月〜10月)が10時30分〜19時、冬季は10時30分〜17時30分です。日曜日は13時30分からの営業となるため注意が必要です。
本当に美味しいものは路地裏にある?
シエナのグルメで絶対に外せないのはパンフォルテです。この中世から続く伝統菓子は、ナッツとドライフルーツを蜂蜜で固めた硬いお菓子で、現地では「シエナの黒いダイヤモンド」と呼ばれています。カンポ広場周辺の観光地価格ではなく、地元民が通うVia di Cittàの小さなパスティッチェリアで購入するのがコツです。
もう一つの名物リチャレッリは、アーモンド粉で作られた雪のように白い焼き菓子。口の中でほろりと崩れる食感は、まさにシエナでしか味わえない繊細さです。老舗の「Pasticceria Nannini」では1個2ユーロほどで購入できますが、午前中に売り切れることが多いので早めの訪問を。
地元ワインキャンティ・クラシコと一緒に味わうなら、Via del Porrione沿いの「Osteria Le Logge」がおすすめ。観光客向けメニューではなく、シエナ風ウサギの煮込みやイノシシのラグーなど、本格的なトスカーナ料理が楽しめます。
シエナ観光で絶対にやってはいけないこと
シエナ滞在で最も注意すべきは、フィレンツェへの愛を語ることです。両都市は中世から続く宿敵関係にあり、地元住民の前でフィレンツェを褒めるのは禁句中の禁句。実際に私が体験した気まずい沈黙は、今でも忘れられません。
車でのアクセスも要注意。歴史地区はZTL(交通制限区域)に指定されており、許可なく進入すると1回につき100ユーロ以上の罰金が科せられます。シエナ駅から歴史地区までは徒歩約20分の上り坂なので、重い荷物がある場合はタクシー(約10ユーロ)の利用をお勧めします。
日曜日の午前中は多くの店舗が閉まっているため、土曜日までに必要な買い物を済ませておくことが大切。特に小さなレストランや土産物店は、家族経営のため急に休業することもあります。
最後に、シエナの真の魅力は夜にあります。観光客が減る夕方以降、街全体がオレンジ色の街灯に包まれ、まるで中世にタイムスリップしたかのような幻想的な雰囲気を味わえます。カンポ広場で地元住民と一緒にアペリティーヴォを楽しみながら、この街の深い歴史に思いを馳せてみてください。きっと、シエナという街の本当の顔が見えてくるはずです。