スペイン屈指の秘境に足を踏み入れた瞬間の衝撃
マドリードから北へ車で約5時間。カンタブリア、アストゥリアス、カスティーリャ・イ・レオン3州にまたがるピコス・デ・エウロパ国立公園に到着した時、私の想像を遥かに超える光景が待っていました。「ヨーロッパの峰々」という名前の通り、標高2648メートルのトーレ・デ・セレードを筆頭とする急峻な石灰岩の山々が、まるで巨大な城壁のようにそびえ立っているのです。
この国立公園は1918年にスペイン初の国立公園として指定された歴史ある場所。面積は約647平方キロメートルで、東京23区とほぼ同じ広さです。入園料は無料ですが、これから紹介する「想定外の体験」は、お金では買えない価値があります。
ケーブルカーで天空の世界へ?実は恐怖の15分間だった
公園観光のハイライトといえば、フエンテ・デ・ケーブルカーです。標高1080メートルの乗り場から1847メートルの展望台まで、約15分間の空中散歩を楽しめます。料金は大人往復17ユーロ(2024年現在)、運行時間は季節により異なりますが、夏季は朝9時から夜8時まで運行しています。
しかし、ここで私は想定外の恐怖を味わいました。晴れていたはずの天気が急変し、途中で濃い霧に包まれたのです。窓の外は真っ白、風でゴンドラが大きく揺れる中、「まさか途中で止まるのでは」という不安が頭をよぎりました。地元の乗客は慣れた様子でしたが、観光客の私にとっては心臓が止まりそうな体験でした。
頂上で待っていた絶景と、知られざる「チーズの聖地」
恐怖のケーブルカー体験の後に待っていたのは、言葉を失うほどの絶景でした。雲海の上に浮かぶ峰々、眼下に広がる緑豊かな谷間、そして遠くにはカンタブリア海まで見渡せる360度のパノラマ。特に朝の光が山肌を照らす瞬間は、まさに「神々の住む場所」と呼びたくなる美しさです。
ここでニッチな情報をひとつ。実はこの地域はカブラレス・チーズの生産地として世界的に有名なのです。標高の高い牧草地で育った牛と羊のミルクから作られる青カビチーズで、洞窟の中で最低2ヶ月間熟成させます。現地の山小屋レストランで食べたこのチーズは、日本では絶対に味わえない濃厚な風味でした。
湖畔トレッキングで遭遇した野生動物たち
公園内には複数のトレッキングコースがありますが、中でもエノル湖とエルシナ湖を巡るコースは初心者にもおすすめです。コバドンガの聖域から車で約12キロメートル、約30分でエノル湖畔の駐車場に到着します。
湖畔を歩いていると、突然茂みからガサガサと音が。振り返ると、野生のシャモア(カモシカの一種)が私を見つめていました。この地域には約8000頭のシャモアが生息しており、運が良ければ間近で観察できます。また、イヌワシやヒゲワシなどの猛禽類も多く、バードウォッチングファンには絶好のスポットです。
宿泊で失敗しないための「現地事情」とは?
観光の拠点となるのはカンガス・デ・オニスの町です。人口約6000人の小さな町ですが、ホテルやレストランが充実しています。しかし、ここで私は大きな失敗をしました。
夏のハイシーズン(7-8月)に予約なしで訪れたところ、どのホテルも満室。結局、車で1時間離れた町まで戻ることになりました。この地域のホテルは部屋数が限られているため、特に週末は事前予約が必須です。また、多くのレストランは午後2時から4時、夜8時から10時の営業で、日本とは食事時間が大きく異なる点も要注意です。
アストゥリアス料理の隠れた名物「ファバダ」の衝撃
現地グルメで絶対に味わってほしいのがファバダ・アストゥリアーナです。白いんげん豆とチョリソー、血のソーセージ(モルシージャ)、豚肩肉を煮込んだ郷土料理で、見た目は地味ですが味は絶品。カンガス・デ・オニスの老舗レストラン「Casa Marcial」で食べたファバダは、豆の旨味とスパイスが絶妙に調和した、人生で最高の豆料理でした。
さらに驚いたのは、この地域のシードラ(りんご酒)の注ぎ方です。エスカンシアールと呼ばれる伝統的な注ぎ方で、ボトルを頭上高く持ち上げ、グラスに向かって勢いよく注ぎます。最初は「こぼれる!」と心配しましたが、泡立ったシードラの爽やかな味わいに感動しました。
交通アクセスの「落とし穴」を事前に知っておこう
最後に、アクセスについて重要な注意点をお伝えします。最寄りの空港はサンタンデール空港(車で約2時間)ですが、国際線は限定的。マドリード空港からのアクセスが一般的ですが、レンタカーは必須と考えてください。
公共交通機関では、マドリードからALSAバスでカンガス・デ・オニスまで約6時間かかります。しかし、公園内の移動には車が不可欠で、特にケーブルカー乗り場やトレッキングコースへは公共交通機関では到達できません。
山道は狭く、カーブが多いため運転に自信のない方は要注意です。私も初日は対向車との離合に冷や汗をかきました。また、冬季(11月-3月)は降雪のためケーブルカーが運休することも多く、訪問時期の選択も重要なポイントです。
現地で学んだ「本当の楽しみ方」
3日間の滞在で分かったのは、この公園の魅力は有名な観光スポットだけではないということです。地元の人に勧められて訪れたナランホ・デ・ブルネス峰の麓では、羊飼いのおじいさんと出会い、流暢でない英語とジェスチャーで山の歴史を教えてもらいました。
彼によると、この山々は氷河期に形成された石灰岩で、洞窟群には先史時代の壁画も残されているそうです。観光地化されていない場所にこそ、本当の自然の姿と地元の文化が息づいているのだと実感しました。
夕暮れ時に山小屋のテラスでシードラを飲みながら、オレンジ色に染まる峰々を眺めていると、都市生活では味わえない静寂と壮大さに心が洗われるような感覚になります。ピコス・デ・エウロパは、単なる観光地ではなく、人生観を変えてくれるほどの力を持った特別な場所なのです。
次回スペインを訪れる際は、ぜひ有名なバルセロナやマドリードから足を伸ばして、この「ヨーロッパの峰々」で本物の自然体験をしてみてください。きっと想像以上の感動が待っているはずです。