インカ道で高山病に倒れた私が語る「世界一過酷な聖地巡礼」の真実

マチュピチュへと続く古代インカの石畳を歩く4日間の旅路。標高4,215メートルの峠を越え、雲霧林を抜け、遺跡群を巡る「インカ道(カミーノ・デル・インカ)」は、世界中のトレッカーが憧れる聖地です。しかし、美しい写真の裏には想像を絶する厳しさが待っています。実際に体験した私が、その魅力と過酷さを包み隠さずお伝えします。

なぜインカ道は「予約2年待ち」なのか?

インカ道の石畳と古代遺跡

インカ道トレッキングは1日あたりわずか500人しか入場が許されない完全予約制です。ペルー政府が遺跡保護のため厳格に管理しており、個人での入山は一切不可。必ず政府公認のツアー会社を通す必要があります。

料金は600~800ドル(約8~11万円)と決して安くありません。しかし、これには4日3泊の全食事、テント、ポーター、ガイドが含まれています。クスコから出発点のオリャンタイタンボまでは車で約2時間。ここで最後の文明との別れです。

実は、インカ道には複数のルートが存在します。最も人気なのは4日間のクラシックルートですが、2日間のショートトレイル、7日間のサルカンタイルートなど選択肢は豊富。ただし、どのルートも事前の体力作りは必須です。

1日目から始まる「標高との闘い」

高地でのトレッキングの様子

出発地点のワイリャバンバ(標高2,700メートル)でさえ、既に富士山7合目の高さです。最初の日は比較的緩やかな登りですが、薄い酸素に体が悲鳴を上げます。

私が最も苦しんだのは2日目。標高4,215メートルのワルミワニュスカ峠(デッドウーマンズパス)への登りでした。一歩進むごとに息が切れ、頭痛と吐き気に襲われました。高山病の症状が出ても、峠を越えるまで下山はできません。

意外なのは、体力に自信がある人ほど高山病にかかりやすいということ。無理をしてペースを上げがちだからです。現地ガイドは「ゆっくり、ゆっくり(デスパシオ、デスパシオ)」と繰り返し注意してくれますが、焦る気持ちを抑えるのは至難の業でした。

古代インカ人の技術力に圧倒される瞬間

精巧に組まれたインカの石組み

2日目の峠を越えると、徐々にインカ遺跡が姿を現します。ルンカラカイ遺跡では、500年前の石組みが完璧な状態で残っています。モルタルを一切使わず、石と石がミリ単位でぴったりと組み合わされている様子は、現代の技術をもってしても再現困難です。

3日目に訪れるウィニャイワイナ遺跡は、インカ道のハイライトの一つ。段々畑と住居跡、神殿が一体となった複合遺跡で、当時の人々の生活が手に取るようにわかります。ここから見下ろすウルバンバ川の渓谷は、まさに絶景の一言です。

ガイドが教えてくれた興味深い事実があります。インカ道の石畳は、雨季の激しい雨にも耐えられるよう、わずかに中央が盛り上がった構造になっています。現代の道路工学と同じ理論が、500年前に既に実用化されていたのです。

最終日の感動と「太陽の門」からの絶景

太陽の門から見えるマチュピチュ

最終日は午前3時起床。真っ暗な中、ヘッドライトを頼りに太陽の門(インティプンク)を目指します。朝日とともにマチュピチュを見るためです。

最後の検問所は朝6時開門。ここで順番待ちの長蛇の列ができるため、早起きは必須です。門が開くと、トレッカーたちは一斉に最後の登りに向かいます。

太陽の門に到着した瞬間の感動は言葉では表現できません。眼下に広がるマチュピチュの全景、そして3日間の苦労がすべて報われる達成感。多くの人が涙を流していました。私もその一人です。

実は、太陽の門からマチュピチュまではさらに1時間の下り道があります。足がガクガクになった状態での最後の試練ですが、遺跡に近づくにつれて興奮は最高潮に達します。

知られざるインカ道の「裏事情」

ポーターたちが荷物を運ぶ様子

ポーターたちの存在なしに、インカ道トレッキングは成立しません。彼らは20キロ以上の荷物を背負い、トレッカーより早いペースで山道を駆け上がります。テント、食材、調理器具、さらには折りたたみテーブルまで運んでくれるのです。

驚くべきは彼らの食事作りの技術。標高4,000メートルの山中で、まるでレストランのような3コース料理を提供してくれます。私が食べたアルパカステーキとキヌアスープの美味しさは今でも忘れられません。

しかし、ポーターの労働環境には課題があります。政府は荷物の重量制限や最低賃金を定めていますが、すべてのツアー会社が遵守しているとは限りません。ツアー選びの際は、ポーターに配慮した会社を選ぶことも大切です。

トイレ事情と「意外な快適さ」の真実

多くの人が心配するトイレ問題。実は各キャンプ地には簡易トイレが設置されており、想像よりもずっと清潔です。ただし、トイレットペーパーは持参必須。使用済みペーパーは持ち帰るのがルールです。

3日目のキャンプ地では、なんと温水シャワーまで利用できます(有料5ソル、約150円)。3日ぶりの温かいシャワーは天国のような贅沢でした。

睡眠についても、専用のマットレスと寝袋があれば意外と快適です。ただし、標高が高いため夜間は氷点下まで下がります。防寒具の準備は怠れません。

帰国後も続く「インカ道症候群」

インカ道を歩き終えた人の多くが体験するのが「インカ道症候群」です。日常生活に戻っても、あの達成感と感動が忘れられず、再び山を目指したくなる症状のことです。

私自身、帰国後3か月経った今でも、ふとした瞬間にあの石畳や遺跡の光景が蘇ります。特に満員電車に揺られているときなど、「あのとき太陽の門で見た景色は本当だったのか」と不思議な感覚に包まれます。

インカ道は単なる登山やハイキングではありません。古代文明の足跡をたどりながら、自分自身の限界に挑戦する人生の通過儀礼とも言える体験です。過酷さの先にある感動は、きっとあなたの人生観を変えてくれるはずです。

もしインカ道トレッキングを検討されているなら、体力づくりはもちろん、心の準備も忘れずに。そして予約は早めに。この世界一の聖地巡礼は、必ずあなたを待っています。