モンブラン登山って本当に「初心者向け」なの?
「モンブランは技術的に難しくない」という情報をネットで見かけることがありますが、これは半分正解で半分間違いです。確かにエベレストのような極限的な技術は必要ありませんが、標高4809メートルのヨーロッパ最高峰を甘く見てはいけません。
私が実際にシャモニーの登山案内所で聞いた話では、毎年約2万人がモンブラン登山に挑戦しますが、成功率は約50%にとどまります。天候不良による引き返しが最も多い理由ですが、高山病や体力不足で断念する登山者も少なくありません。
特に日本人登山者が見落としがちなのが、アルプス山脈特有の急激な天候変化です。朝は快晴でも午後には嵐になることが頻繁にあり、実際に私も初回挑戦時は悪天候のためエギーユ・デュ・ミディから先に進めませんでした。
意外と複雑?ルート選択の落とし穴
多くの登山ガイドブックでは「ノーマルルート」として紹介されるのが、シャモニーからエギーユ・デュ・ミディ経由でコスミック小屋に宿泊するコースです。しかし、このルートには意外な盲点があります。
まず、エギーユ・デュ・ミディへのロープウェイは往復約70ユーロ(約11,000円)と高額で、強風時は運休することがあります。私が2度目の挑戦時には、前日まで運行していたロープウェイが当日朝に突然運休となり、急遽プティ・バルコン・シュッド経由の徒歩ルートに変更することになりました。
さらに、コスミック小屋の予約は夏季(6月〜9月)には数ヶ月前から埋まってしまいます。1泊約80ユーロの小屋泊は必須で、テント泊は禁止されているため、予約なしでは登山計画が破綻してしまいます。
実はあまり知られていないのですが、イタリア側のクールマイユールから登るルートも存在します。こちらはトリノ小屋を経由するルートで、フランス側より若干距離が短く、初心者には実は穴場なんです。
装備選びで絶対に妥協してはいけないもの
モンブラン登山で最も重要なのはアイゼンとピッケルです。夏でも山頂付近には氷河があり、特に早朝の氷化した斜面では12本爪アイゼンが必須となります。
私が実際に遭遇したのは、軽量化を重視して6本爪のアイゼンで挑んだ登山者が、グラン・プラトーで滑落しそうになる場面でした。幸い軽傷で済みましたが、モンブランでの軽装備は文字通り命取りになる可能性があります。
服装については、標高差が約3000メートルあるため、シャモニーで20度でも山頂では氷点下10度以下になることがざらです。レイヤリング(重ね着)システムは必須で、特に防風性能の高いシェルジャケットは妥協できません。
意外と忘れがちなのがサングラスです。氷河からの反射光は想像以上に強く、雪盲になる危険性があります。私の経験では、普通のサングラスではなく、氷河用の遮光度の高いゴーグルが断然おすすめです。
高山病対策は甘く見ちゃダメ?
「たかが4800メートル」と思う方もいるかもしれませんが、高山病は個人差が大きく、普段運動している人でも症状が出ることがあります。私が目撃したケースでは、マラソン経験豊富な登山者が3500メートル付近で激しい頭痛と吐き気に襲われ、下山を余儀なくされました。
効果的な対策は段階的な高度順応です。シャモニー到着後、いきなりモンブランに挑むのではなく、まずプランプラーズ(標高2317メートル)に1泊することを強くおすすめします。ここは24時間営業のレストランもあり、ロープウェイでアクセス可能(往復約35ユーロ)です。
水分補給も重要で、高地では脱水症状が高山病を悪化させます。1日最低3リットルの水分摂取を心がけ、アルコールは絶対に避けてください。
実際の登山当日、想定外の連続だった
コスミック小屋での夜は想像以上に過酷でした。標高3600メートルの小屋は8人部屋の相部屋で、いびきや寒さで熟睡は困難です。朝3時起床、4時出発というスケジュールも体には相当な負担でした。
出発直後のグラン・ムレでは、前日までの降雪で雪質が変わっており、ガイドでもルートファインディングに時間をかけていました。この区間では、他のパーティとの渋滞も発生し、予定より1時間遅れでドーム・デュ・グーテに到着しました。
最も印象的だったのは、標高4300メートルを超えたあたりから、一歩歩くたびに3回呼吸しなければならなくなったことです。普段なら30分で歩ける距離に2時間かかり、自分の体力の限界を痛感しました。
山頂直下のボス・リッジは技術的に最も困難な箇所で、岩と氷のミックス地帯を慎重に進む必要があります。ここで多くの登山者が渋滞を起こし、私たちも約40分待つことになりました。
山頂での感動と、下山時に待っていた試練
山頂到着は午前10時30分。360度の絶景は確かに圧巻でしたが、強風と寒さで長時間の滞在は不可能でした。写真撮影も手がかじかんでうまくいかず、滞在時間はわずか15分程度。
下山時こそが本当の試練でした。午後になると雪が柔らかくなり、足を取られやすくなります。特にグラン・プラトーでは、朝は固かった雪面がザクザクになり、疲労した足には相当な負担でした。
さらに、午後の天候悪化で視界が悪くなり、ホワイトアウト状態に。GPSとコンパスが頼りの状況で、改めて装備の重要性を実感しました。エギーユ・デュ・ミディ駅に戻ったのは午後5時で、予定より3時間も遅れていました。
知っておきたいマニアックな小ネタ
モンブランには実は2つの山頂があることをご存じですか?一般的に山頂とされるのはフランス側の最高点ですが、イタリア側にも山頂標識があり、こちらの方が実は登りやすいんです。
また、シャモニーの山岳気象情報センター(無料)では、リアルタイムの風速や気温を確認できます。地元の登山者は皆ここで最終的な登山可否を判断しており、観光客にはあまり知られていない穴場情報源です。
意外なことに、モンブラン登山には登山許可は不要ですが、フランスでは登山保険への加入が事実上義務化されています。救助費用は1回につき約50万円以上かかることもあり、必ず海外旅行保険の山岳救助特約に加入してください。
最後に、帰路のシャモニーで食べるタルティフレット(チーズとジャガイモのグラタン)の美味しさは格別です。疲れ切った体に染み渡る温かい料理で、登山の疲れも一気に吹き飛びました。
モンブラン登山は確かに困難ですが、しっかりとした準備と謙虚な気持ちで挑めば、一生の思い出になる素晴らしい体験が待っています。