サンフランシスコでゴルフと聞くと、多くの日本人は「観光のついでに軽く一回り」程度に考えがちです。しかし実際にサンフランシスコ・ゴルフクラブでプレーしてみると、想像を遥かに超える体験が待っていました。ここは単なる観光地のゴルフ場ではありません。
なぜ地元プレーヤーは「霧との戦い」と呼ぶのか?
サンフランシスコ・ゴルフクラブ(San Francisco Golf Club)の最大の特徴は、太平洋から押し寄せる霧です。午前中は晴れていても、午後になると突然視界が10ヤード先も見えなくなることがあります。私が初めてここでプレーした時、14番ホールで完全に方向感覚を失い、隣のホールに迷い込んでしまいました。
このコースは1895年に設立された、カリフォルニア州で最も古いゴルフクラブの一つ。リッチモンド地区のレイク・ストリート沿いに位置し、ダウンタウンからは車で約30分の距離にあります。年会費は非公開ですが、地元の情報では年間1万ドル以上と言われています。
興味深いのは、霧の影響でプレー料金が時間帯によって変動する点です。午前中の「クリア・モーニング」枠は最も高額で、午後の「フォギー・アフタヌーン」枠は30%程度安くなります。地元プレーヤーは「霧こそがこのコースの醍醐味」と言いますが、初心者には正直おすすめしません。
メンバーシップの壁は想像以上に高い?
サンフランシスコ・ゴルフクラブは完全プライベートクラブです。つまり、メンバーまたはメンバーのゲストとしてしかプレーできません。「じゃあ観光客は無理なの?」と思われるかもしれませんが、実は抜け道があります。
地元のゴルフショップやホテルのコンシェルジュに相談すると、「ゲスト・アクセス・サービス」を紹介してもらえることがあります。これは地元のメンバーが観光客向けにゲスト枠を提供するサービスで、プレー料金は1ラウンド200-300ドル程度。ただし、最低2週間前の予約が必要で、平日限定のことが多いです。
私が実際に利用した時は、メンバーのジョンさん(70代の元弁護士)が同伴してくれました。彼から聞いた話では、「日本人ゲストは非常に礼儀正しく、プレーも早いので歓迎される」とのこと。実際、アジア系のメンバーも多く、日本企業の駐在員家族もよく見かけます。
コース設計に隠された「日本庭園」の影響とは?
このコースで最も驚いたのは、設計思想に日本の庭園美学が取り入れられている点です。特に7番から11番ホールにかけてのエリアは、起伏を活かした「見立て」の美学が随所に感じられます。
コース設計を手がけたのは、1920年代に改修を担当したアリスター・マッケンジー博士。彼は日本を訪れたことはありませんでしたが、当時サンフランシスコに住んでいた日本人庭師たちとの交流があったと記録されています。特に8番パー3の池越えホールは、「borrowed scenery(借景)」の考え方を取り入れており、背景の松林と池が一体となった美しい景観を作り出しています。
プレーヤーの多くは気づきませんが、バンカーの配置も日本の「石組み」を意識した配置になっています。単なる戦略的配置ではなく、美的調和を重視した配置で、これがコース全体の品格を高めている要因の一つです。
コースの総ヤーデージは6,732ヤード、パー71。決して長いコースではありませんが、風と霧、そして巧妙なバンカー配置により、スコアメイクは非常に困難です。
クラブハウスの食事で絶対に注文すべきメニューは?
プレー後の楽しみといえば、やはりクラブハウスでの食事です。サンフランシスコ・ゴルフクラブのクラブハウスは1920年代の建物をそのまま使用しており、天井の高いダイニングルームからは太平洋を一望できます。
ここで絶対に試してほしいのが「ダンジネス・クラブケーキ」です。地元サンフランシスコ湾で獲れるダンジネス・クラブを使ったこの料理は、1930年代からレシピが変わらない伝統の一品。値段は42ドルと高めですが、蟹の甘みと特製ソースの組み合わせは絶品です。
意外だったのは、「和風サラダ」がメニューにあったことです。これは1960年代に日系メンバーの提案で始まったもので、わかめと胡麻ドレッシングを使った本格的な味。アメリカのゴルフクラブで和食が食べられるとは思っていませんでした。
ドレスコードは厳格で、ジーンズやスニーカーは禁止。男性はコラード・シャツにスラックス、革靴が必須です。女性も同様に、カジュアル過ぎる服装は入場を断られる場合があります。
プレー時に絶対に知っておくべき「隠れたマナー」
サンフランシスコ・ゴルフクラブには、一般的なゴルフマナーに加えて、このクラブ独特の「暗黙のルール」があります。最も重要なのは「フォグ・エチケット」です。
霧が濃くなってきた時は、前の組との距離を通常より短く保つのがマナー。これは安全確保のためで、通常なら「打ち込み」とされる距離でも、霧の中では許容されます。また、ボールを見失った場合は、無理に探さずに暫定球でプレーを続けることが推奨されています。
もう一つ興味深いのが「サイレント・ウェーブ」というマナーです。太平洋に面したホールでは、波音が大きくなることがあります。この時、通常の声かけでは聞こえないため、手を振ってコミュニケーションを取るのが慣習となっています。
キャディーサービスは平日のみ利用可能で、料金は18ホールで80-120ドル程度。経験豊富なキャディーが多く、霧の読み方や風向きのアドバイスは非常に的確です。特にベテランのマイクさん(勤続35年)は、霧の動きを見て「今から15分後にここは晴れる」と予測する能力があり、地元メンバーからも絶大な信頼を得ています。
営業時間は日の出から日没まで、冬期(11月-2月)は午前7時から午後5時、夏期(6月-8月)は午前6時から午後7時となっています。予約は電話のみで、オンライン予約システムは導入されていません。
このコースでのプレーは、単なるゴルフ以上の体験を提供してくれます。霧との戦い、歴史ある建物、そして温かい地元コミュニティとの出会い。サンフランシスコを訪れる際は、ぜひこの特別な体験を検討してみてください。ただし、心の準備だけはしっかりと。