アイルランドの荒野に突如現れる世界屈指のリンクス
ダブリンから車で約2時間、ロスコモン州の何もない荒野を走っていると、突然現れる緑の絨毯。それがセント・パトリックス・リンクスです。2006年に開場したこのコースは、アイルランド内陸部では珍しいリンクススタイルのゴルフ場として、世界中のゴルファーから注目を集めています。
私が初めてここを訪れたのは、霧雨が降る肌寒い春の日でした。受付で「今日は風が強いから気をつけて」と言われた時は軽く聞き流していましたが、それが後に大きな意味を持つことになろうとは。
なぜ内陸でリンクス?設計者の狂気とも言える挑戦
通常、リンクスコースは海岸沿いに作られるものです。しかし、ここは内陸部。設計者のトム・ドーク氏は、この地の自然な起伏と風の流れを巧みに利用し、まるでスコットランドの古典的リンクスを彷彿とさせるコースを創り上げました。
実は、この土地はかつて湖の底だったため、砂質の土壌が残っていたのです。だからこそ、内陸部でありながら本格的なリンクスコースが実現できたという、地質学的にも興味深いバックストーリーがあります。グリーン料金は平日で約150ユーロ、週末は約200ユーロと決して安くはありませんが、この独特な体験を考えれば納得の価格です。
9ホール目の悪魔のパー4、ここで私は心が折れかけた
セント・パトリックス・リンクスの真骨頂は、なんといっても9番ホールです。400ヤードのパー4ですが、ティーショットは見えない谷越え。しかも風は常に左から右へ強く吹いています。
私のティーショットは案の定、右のラフに消えていきました。ボールを探すこと10分、見つからず暫定球でプレー続行。2打目も3打目も風に翻弄され、最終的にトリプルボギー。その瞬間、この美しい景色の中で、なぜか涙がこぼれたのです。悔しさ半分、この壮大な自然に対する畏敬の念が半分でした。
地元のキャディさんに聞くと、「この9番で泣くゴルファーは月に一人はいる」とのこと。どうやら私だけではなかったようです。
後半戦の巻き返し、リンクスの魔法にかかった瞬間
しかし、セント・パトリックス・リンクスの魅力は、プレーヤーを絶望の淵から救い上げてくれることにもあります。後半の14番ホール、パー3の180ヤード。風が追い風に変わり、7番アイアンで打った球がピン手前1メートルに止まりました。
この瞬間、9ホール目の悔しさが一気に吹き飛びました。リンクスコースの醍醐味は、まさにこの「振り幅の激しさ」にあるのです。一つのショットで天国と地獄を味わえる、それがリンクスの魔法なのかもしれません。
コースは朝8時から日没まで営業していますが、アイルランドの天候を考えると、午前中の早い時間帯にスタートすることをおすすめします。
クラブハウスで味わう本場の「ギネス哲学」
ラウンド後のクラブハウスでの時間も、セント・パトリックス・リンクス体験の重要な一部です。ここで飲むギネスビールは、普段飲むものとは明らかに違います。バーテンダーのパディさん曰く、「ギネスは注いでから119.5秒待つのが正解」とのこと。
実際に計ってみると、確かに2分弱で泡が完璧に落ち着きます。この待ち時間に、他のゴルファーたちと今日のラウンドについて語り合うのが、アイルランド流なのだそうです。クラブハウスの食事も侮れません。特にアイリッシュシチューは、冷えた体を芯から温めてくれる絶品です。
アクセスは車が最も便利で、ダブリンから約120キロ、M6高速道路を利用すれば2時間程度で到着します。近くに宿泊施設もあるので、ゴルフ旅行の拠点としても最適です。
セント・パトリックス・リンクスは、単なるゴルフコースを超えた、アイルランドの自然と文化を全身で感じられる場所でした。9ホール目で流した涙も、今では最高の思い出です。