ブラジル北東部の古都サルバドール。カラフルなコロニアル建築と陽気なサンバのイメージとは裏腹に、実際に足を踏み入れると想像以上に複雑で奥深い街でした。私は2週間の滞在中に3度もスリに遭遇しましたが、それでもこの街の虜になってしまったのです。
到着初日から洗礼?サルバドールの治安事情
サルバドール・ルイス・エドゥアルド・マガリャンイス国際空港から市内中心部まではタクシーで約40分、料金は80~100レアルほどです。しかし、ここで最初の落とし穴が待っています。空港の正規タクシーは安全ですが、市内では偽タクシーや白タクが横行しているのです。
私が最初にスリに遭ったのは、到着翌日の午後2時頃。観光客が多く集まるペロウリーニョ地区で、カメラを構えていた瞬間でした。複数人のグループに囲まれ、気がつくと財布が消えていたのです。幸い現金は少額でしたが、この体験が私のサルバドール観光を一変させました。
現地警察が教えてくれた防犯テクニック
警察署で被害届を出した際、親切な警官が教えてくれたのは「観光客らしさを消すこと」でした。派手な服装や高価なアクセサリーは避け、現金は複数箇所に分散して持つ。そして何より重要なのは、夕方6時以降は一人で出歩かないことだそうです。
それでも魅せられた旧市街の圧倒的な美しさ
治安への不安を抱えながらも、サルバドールの歴史地区に足を踏み入れた瞬間、すべての心配が吹き飛びました。1549年にポルトガル人によって建設されたペロウリーニョ地区は、ユネスコ世界遺産にも登録されている南米最大のコロニアル建築群です。
特に印象的だったのはサン・フランシスコ教会です。入場料は15レアル、開館時間は月曜から土曜の午前8時30分から午後5時まで。一歩足を踏み入れると、壁一面に施された金箔装飾の豪華絢爛さに圧倒されます。ガイドによると、使用された金は当時のブラジルの金鉱山から採掘されたもので、その量は800キログラムに及ぶそうです。
観光ガイドブックに載らない隠れた名所
地元の人に教えてもらった穴場がラセルダ・エレベーターの裏手にある「ミラドール・ダ・セ」です。観光客向けのエレベーター(料金0.15レアル、運行時間は午前6時から午後11時)を避け、徒歩で登ると辿り着ける展望スポットで、トドス・オス・サントス湾の絶景を独り占めできます。夕日の時間帯は特に美しく、地元のカップルたちのデートスポットにもなっています。
本場のアフロ・ブラジル料理に舌鼓
サルバドールの食文化は、ポルトガル、アフリカ、先住民の影響が複雑に絡み合った独特なものです。中でも絶対に試すべきなのがアカラジェです。黒目豆を潰して揚げたパンに、海老や野菜を詰めた郷土料理で、路上の屋台で3~8レアルで購入できます。
しかし、観光客向けのレストランで食べるアカラジェと、地元の人が愛する本物は全く別物でした。本当に美味しいアカラジェを食べるなら、バヒアーナと呼ばれる伝統衣装を着た女性が営む屋台を選ぶのがコツです。彼女たちは代々受け継がれたレシピで調理しており、味に深みがあります。
知られざるカシャーサの聖地
ブラジルの国民的蒸留酒カシャーサですが、サルバドールには観光ガイドに載らない老舗の蒸留所があります。市内から車で約1時間のカンデイアス地区にある「カシャーサ・サンタナ」は、1870年創業の家族経営の蒸留所です。見学ツアーは平日のみ、午前10時から午後3時まで、料金は25レアルです。ここで味わえるカシャーサの複雑な味わいは、市販品とは別次元の美味しさでした。
音楽に包まれた夜のサルバドール
夕方以降の外出は危険と言われるサルバドールですが、音楽好きなら一度は体験すべきなのがライブハウス巡りです。ただし、必ず信頼できる現地ガイドと一緒に行動することが鉄則です。
私が訪れた「カサ・ド・サンバ」は、毎週木曜日から土曜日まで午後9時から営業する老舗のライブハウスです。入場料は20レアル、ドリンク代は別途8~15レアルです。ここで聞いたサンバ・ヂ・ローダの生演奏は、レコードでは味わえない生命力に満ちていました。
カポエィラの真実を目撃した夜
観光客向けのカポエィラ・ショーではなく、本物のカポエィラを見たいなら、地元の人たちが集まる「ホーダ・ヂ・カポエィラ」に参加するのが一番です。毎週日曜日の午後4時から、フォルテ・デ・サント・アントニオ・ダ・バルラの近くで開催される無料のセッションでは、観光ショーとは全く違う緊張感と精神性を感じることができます。参加者同士の真剣勝負は、まさに格闘技と舞踊の境界線を曖昧にする芸術でした。
2度目、3度目のスリ被害とその教訓
滞在6日目と10日目にも、それぞれ異なる手口でスリに遭いました。6日目はメルカド・モデロでの買い物中、商品に気を取られている隙にポケットから携帯電話を抜き取られました。10日目は、親切な現地の人を装った男性に道案内を頼まれ、地図を一緒に見ている間にバッグのファスナーを開けられていたのです。
しかし、これらの経験を通じて、サルバドールの人々の温かさも同時に知ることができました。スリの被害に遭うたびに、周りの人たちが心配してくれ、時には一緒に犯人を探してくれたのです。この街の人々は決して敵ではなく、むしろ観光客を守ろうとしてくれる存在だと理解できました。
最終日に出会った忘れられない光景
帰国前日の朝、早起きしてボンフィン教会を訪れました。午前6時の開門と同時に入ると、地元の信者たちが静かに祈りを捧げている姿がありました。ここは「奇跡の教会」として知られ、願い事を書いた色とりどりのリボンを結ぶ習慣があります。リボン1本の値段は2レアル程度ですが、そこに込められた人々の想いは計り知れないものでした。
教会の階段を掃除していた初老の男性と片言のポルトガル語で会話を交わすうち、彼が30年間毎朝同じ時間に教会に通い続けていることを知りました。「サルバドールは危険な街だと言われるが、ここには本当の魂がある」という彼の言葉が、今も心に残っています。
帰国後に気づいたサルバドールの本当の価値
3度のスリ被害、言葉の壁、文化の違いによる戸惑い。それでも帰国してから気づいたのは、サルバドールでの体験が私の人生観を変えたということでした。完璧に整備された観光地では味わえない、生の人間らしさと向き合える貴重な場所だったのです。
特に印象的だったのは、最後の夜に宿泊先のポウザーダ(小さなホテル)のオーナーが言った言葉です。「観光客として来た人は危険しか覚えていないが、心を開いて来た人はサルバドールの魂を持ち帰る」。まさにその通りだと実感しています。
次回訪問への決意
現在、私は再びサルバドールを訪れる計画を立てています。今度はポルトガル語を勉強し、より深くこの街の文化に触れたいと思っています。スリ対策も万全にしつつ、前回見逃したカンドンブレ(アフロ・ブラジルの宗教儀式)の体験や、近郊の美しい海岸線での滞在も予定しています。
サルバドールは確かに注意が必要な街です。しかし、適切な準備と心構えがあれば、他では絶対に味わえない濃密な体験ができる唯一無二の場所でもあります。表面的な観光では得られない、人生を豊かにしてくれる出会いがそこには待っているのです。