山奥の聖地で学んだ痛い教訓
ブルガリアの首都ソフィアから約120キロ南へ。リラ山脈の標高1147メートルの山間部に、まるで絵本から抜け出したような美しい修道院があります。それがリラ修道院です。
10世紀に建立されたこの修道院は、ブルガリア正教会の総本山であり、ユネスコ世界遺産にも登録されています。しかし、私がここで体験したのは美しい建築だけではありませんでした。現役の修道院として機能しているこの場所で、観光客としてのマナーの重要性を身をもって学ぶことになったのです。
実は、多くの観光客が知らずにやってしまう「タブー」が存在します。私もその一人でした。
なぜ僧侶に怒られたのか?知らずにやりがちな禁止行為
私がリラ修道院を訪れたのは7月の暑い日でした。入場料は大人8レフ(約600円)を払い、意気揚々と中庭に入ったとき、事件は起こりました。
美しいフレスコ画に感動し、思わずスマートフォンを向けた瞬間、黒い服を着た僧侶が駆け寄ってきて、厳しい口調で注意されたのです。ブルガリア語で何か言われましたが、身振り手振りで「写真撮影禁止」だということがわかりました。
実は教会内部の撮影は厳格に禁止されています。外観や中庭は撮影可能ですが、聖堂内部、特にイコン(聖像)の撮影は絶対にNGです。また、短パンやタンクトップなどの露出の多い服装も控えるべきです。
他にも気をつけるべきポイントがあります。大声での会話、飲食物の持ち込み、そして意外かもしれませんが指差し行為も失礼とされています。聖なる場所への敬意を示すことが何より大切なのです。
圧倒的な美しさに息を呑む瞬間とは?
注意を受けた後、改めて修道院を見学してみると、その美しさが心に深く刻まれました。中庭を囲む4階建ての建物は、まるで要塞のような外観とは対照的に、内側は温かみのある木造建築で覆われています。
最も印象的なのは、建物の壁面に描かれた色鮮やかなフレスコ画です。赤、青、金色が鮮やかに残る宗教画は、19世紀に描かれたものですが、まるで昨日完成したかのような美しさを保っています。
中央の聖母誕生教会に足を踏み入れると、天井から壁面まで隙間なく描かれたイコンに圧倒されます。特に注目すべきは、教会正面のイコノスタシス(聖障)です。金箔で装飾された木彫りの聖像屏風は、まさに職人技の極致といえるでしょう。
修道院は朝8時から夕方6時まで開放されており(冬季は5時まで)、特に午前中の柔らかな光が差し込む時間帯が美しいとされています。
実は○○だった?知られざるリラ修道院の意外な歴史
多くのガイドブックには書かれていない興味深い事実があります。実は現在の建物の大部分は19世紀に再建されたもので、創建当初の10世紀の建物はほとんど残っていません。
しかし、それには深い理由があります。オスマン帝国統治下の500年間、リラ修道院はブルガリア文化と言語の秘密の保管庫として機能していました。表向きはイスラム教国でしたが、この山奥の修道院では密かにブルガリア正教の教えと文化が守り抜かれていたのです。
特に興味深いのは、修道院に併設された図書館です。ここには手写本や古文書が約35,000点収蔵されており、中にはブルガリア語で書かれた最古の文献も含まれています。一般公開はされていませんが、研究者にとっては宝の山なのです。
また、修道院の食事にも秘密があります。現在でも約10名の僧侶が生活しており、彼らは完全菜食主義を貫いています。修道院内で栽培された野菜や山で採取した山菜、ハーブを使った料理は、まさに自給自足の生活の証なのです。
アクセスで失敗しないための具体的なルート
リラ修道院への道のりは、想像以上に険しいものです。ソフィアから車で約2時間かかりますが、最後の30分は曲がりくねった山道を登ることになります。
最もポピュラーなのは現地ツアーに参加する方法です。ソフィアの主要ホテルから出発する日帰りツアーは約50~80レフ(4000~6000円)で、交通費と入場料、ガイド料が含まれています。
自力で行く場合は、ソフィアのオヴチャ・クペル・バスステーションからリラ村行きのバスに乗り、そこから修道院まで徒歩約1時間の山道を歩くことになります。バスは1日3本程度しかないため、時刻表の確認は必須です。
レンタカーを利用する際の注意点があります。山道は舗装されていますが、カーブが多く、対向車との離合が困難な箇所もあります。また、修道院の駐車場は限られているため、繁忙期の週末は満車になることも珍しくありません。
宿泊するなら修道院内がベスト?
意外かもしれませんが、リラ修道院では宿泊も可能です。修道院内にある簡素な宿泊施設は、1泊約20レフ(1500円)という破格の料金で利用できます。ただし、電話での事前予約が必要で、ブルガリア語でのやり取りが基本となります。
宿泊すると、早朝の祈りの時間(午前5時頃)や夕方の晩祷を間近で体験できる貴重な機会が得られます。観光客がいない静寂な時間の修道院は、昼間とはまったく違った荘厳な雰囲気に包まれています。
食事で絶対に試したい修道院グルメ
修道院周辺には数軒のレストランがありますが、特におすすめなのが伝統的なブルガリア料理です。山の澄んだ空気と湧き水で育った地元の食材を使った料理は格別の味わいがあります。
ショプスカサラダ(トマト、キュウリ、白チーズのサラダ)やバニツァ(チーズ入りパイ)は定番ですが、ここでしか味わえないのが山のハーブティーです。修道院の僧侶たちが採取したカモミールやセイヨウオトギリソウなどをブレンドしたお茶は、心も体も癒してくれる優しい味わいです。
また、修道院で作られる蜂蜜も見逃せません。リラ山脈の花々から採取されたこの蜂蜜は、濃厚で上品な甘さが特徴で、お土産としても人気があります。1瓶約15レフ(1200円)で購入できます。
冬季(11月~3月)は積雪のため道路が封鎖されることもあるため、春から秋にかけての訪問がおすすめです。特に9月下旬から10月上旬は紅葉が美しく、山々が色とりどりに染まる絶景を楽しむことができます。
リラ修道院は単なる観光地ではありません。1000年以上にわたって祈りが捧げられ続けてきた聖なる場所です。マナーを守り、敬意を持って訪れれば、きっと心に残る深い体験ができるはずです。