なぜ世界中の人がこの崖の上を目指すのか?
イスラエルの死海西岸にそびえる標高434メートルの岩山。そこに築かれた古代要塞マサダは、ただの観光地ではありません。紀元73年、ローマ軍に包囲された約960人のユダヤ人が最後まで抵抗した場所として、今も世界中の人々の心を揺さぶり続けています。
エルサレムから車で約1時間半、入場料は大人29シェケル(約1,200円)で、夏季は朝8時から夕方5時まで開園しています。しかし、この数字だけでは伝わらない何かが、確実にここにはあるのです。
ケーブルカーか、それとも蛇の道を歩くか?
マサダへの登頂方法は2つあります。楽なのはケーブルカー(往復76シェケル)で約3分の空中散歩。でも、本当にマサダを感じたいなら、古代から続く「蛇の道」を歩いてみてください。
蛇の道は片道約45分の険しい登山道です。私が初めて挑戦した時、途中で何度も「ケーブルカーにすればよかった」と後悔しました。でも、汗だくになりながら一歩一歩登る中で、2000年前にここで起きたドラマが徐々に現実味を帯びてくるんです。
朝日観賞で体験した「絶景の恐怖」
多くの観光客が朝日を見るために早朝5時頃から登り始めます。私もその一人でしたが、頂上に着いて東の崖っぷちに立った瞬間、足がすくみました。
眼下に広がる死海までの垂直落差は約400メートル。柵はあるものの、その向こうは文字通りの断崖絶壁です。朝日が死海の水面を金色に染める美しさと、足元の恐ろしい深淵。この対比こそが、マサダが持つ独特の魅力なのかもしれません。
朝日観賞のベストスポットは東側のテラスですが、高所恐怖症の方は十分注意してください。美しさに見とれて足元をおろそかにするのは危険です。
実は冬がベストシーズン?意外な穴場情報
多くのガイドブックは「年中観光可能」と書いていますが、実際に現地を訪れてわかったのは、冬(12月〜2月)が最も快適だということ。夏の日中は気温が40度を超え、岩肌からの照り返しで体感温度はさらに上昇します。
冬なら日中でも20度前後で、長時間の見学も苦になりません。観光客も少なく、遺跡をゆっくり見学できるのも冬ならではの特権です。
2000年前の絶望と希望が今も生きている
頂上の遺跡群を歩いていると、ここで起きた歴史の重さに圧倒されます。紀元66年に始まったユダヤ戦争で、エルサレム神殿が破壊された後、最後の抵抗拠点となったのがここマサダでした。
北宮殿跡では、ヘロデ王時代の豪華な装飾の一部が今も残っています。モザイクの床、フレスコ画の壁面を見ていると、この要塞がかつて王の離宮だったことが実感できます。
知られざる地下の秘密
観光客の多くが見逃すのが地下貯水槽システムです。マサダには12個の巨大な貯水槽があり、総容量は約40万リットル。雨の少ないこの地域で、どうやって大勢の人が長期間籠城できたのか、その答がここにあります。
現在でも一部の貯水槽内部を見学できますが、案内板が少ないため、多くの観光客が素通りしてしまいます。でも、この水システムこそが、マサダの真の凄さを物語っているんです。
現代に響く「マサダ・コンプレックス」の真実
イスラエル軍の新兵は今でもマサダで宣誓式を行います。「マサダは二度と陥落しない」という言葉と共に。しかし、この歴史には複雑な側面もあります。
最新の考古学研究では、従来語り継がれてきた「集団自決」の物語に疑問を投げかける説も出ています。歴史の真実は一つではないかもしれません。でも、だからこそ、実際にこの地に立ち、自分なりに感じることが大切なのだと思います。
観光では語られない「もう一つの終わり方」
歴史家ヨセフスの記録によれば、最後まで生き残った7人(女性2人と子供5人)がいたとされています。彼らがどんな思いでローマ兵に発見されたのか、想像するだけで胸が締め付けられます。
実際に行く前に知っておきたい「現実的な注意点」
美しい写真や感動的な歴史に心を奪われがちですが、実際の観光では現実的な準備が欠かせません。まず、水は必ず多めに持参してください。売店はありますが、価格は市内の3倍以上します。
日焼け止めと帽子も必需品です。標高400メートルの岩山には日陰がほとんどありません。私は初回訪問時、日焼け対策を怠って翌日まで肌がヒリヒリしました。
アクセスの落とし穴?バス時刻表の現実
エルサレムからのバス484番は本数が少なく、最終便は午後2時台という日もあります。レンタカーでない場合は、必ず往復の時刻を事前確認してください。現地で帰りのバスがないことに気づいて焦る観光客を何度も見ました。
タクシーを呼ぶ場合、死海地域は通常のタクシーが嫌がることが多く、料金も高額になります。往復で約800シェケル(約33,000円)は覚悟しておいた方が良いでしょう。
帰り道で実感する「マサダ体験」の本当の価値
マサダを後にする時、多くの人が不思議な感覚に包まれます。単なる観光地巡りとは明らかに違う何かを体験したという実感です。
ケーブルカーで下りながら、あるいは蛇の道を下りながら、さっきまで自分が立っていた岩山を見上げると、そこで起きた出来事の重みがじわじわと心に染み込んできます。歴史の教科書で読んだ話が、突然リアルな人間のドラマとして蘇るのです。
お土産選びで見えてくる現代イスラエル
ビジターセンターの売店では、マサダ関連の書籍からユダヤ関連グッズまで幅広く販売されています。でも、一番印象的だったのは、イスラエル軍関連のお土産が意外に多いこと。現代のイスラエルにとって、マサダがどんな意味を持つのかが垣間見えます。
死海の塩を使った化粧品も人気ですが、同じ商品が死海沿いの他の場所でより安く買えることが多いので、価格比較をおすすめします。
帰りの車窓から見える死海の青と、マサダの茶色い岩肌のコントラスト。この風景を見ながら、2000年という時の流れと、変わらない人間の心の奥底にあるものについて、きっと考えずにはいられないでしょう。マサダは、そんな場所なのです。