なぜアッシジで失敗してしまったのか?
イタリア中部ウンブリア州の小さな丘陵都市アッシジ。聖フランチェスコの生誕地として世界中から巡礼者が訪れるこの街で、私は3つの大きな失敗をしました。でも振り返ってみると、その失敗があったからこそ見えてきたアッシジの真の魅力があったのです。
ローマから電車で約2時間、人口わずか2万8千人のこの小さな街には、一体どんな秘密が隠されているのでしょうか。
失敗その1:サン・フランチェスコ聖堂だけで満足してしまった
最初の失敗は、誰もが知るサン・フランチェスコ聖堂だけを見て「アッシジを制覇した」と思い込んでしまったことです。確かにこの聖堂は圧巻でした。上聖堂と下聖堂に分かれた二層構造で、ジョットの壁画「聖フランチェスコの生涯」は息をのむ美しさ。入場は無料ですが、内部の撮影は一切禁止されています。
しかし、本当にもったいなかったのは、聖堂の裏手にある聖ダミアーノ修道院を見逃したことでした。ここは聖フランチェスコが神の声を聞いたとされる場所で、観光客もほとんどいない静寂な空間です。聖堂から徒歩15分ほど下った場所にあるのですが、多くの観光客は存在すら知りません。
意外と知られていない聖ダミアーノの秘密
実は聖ダミアーノ修道院には、ガイドブックにも載っていない興味深い事実があります。ここで聖フランチェスコが祈っていた十字架は、現在サンタ・キアーラ聖堂に移されているのですが、その十字架から「教会を建て直しなさい」という神の声が聞こえたのは午後2時頃だったと記録されています。現地時間の午後2時に訪れると、当時と同じ光の角度で十字架があった場所を見ることができるのです。
失敗その2:昼間だけの滞在で夜の魔法を逃した
二つ目の失敗は、日帰り観光にしてしまったことです。多くの観光客がローマやフィレンツェから日帰りで訪れるアッシジですが、夜のアッシジこそが真の魅力なのです。
日が暮れると、石造りの建物がライトアップされ、中世の街並みが幻想的に浮かび上がります。特にロッカ・マッジョーレ(大要塞)から見下ろす夜景は絶景で、入場料は大人3.50ユーロ、夏季は夜9時まで開いています。
地元民だけが知る夜の楽しみ方
現地で出会ったマリアさんという女性に教えてもらったのですが、アッシジの人々は夜になるとVia San Rufinoという通りでパッセッジャータ(夕暮れの散歩)を楽しむそうです。観光客向けのレストランではなく、地元の人が通う小さなオステリアでトルテッロ・アル・タルトゥーフォ(トリュフのパスタ)を味わいながら、地元の人たちとの会話を楽しむ。これこそが本当のアッシジ体験でした。
失敗その3:巡礼路を歩かずにバスに頼ってしまった
最大の失敗は、サンティアゴ・デ・コンポステーラに続くヨーロッパ第二の巡礼路「フランチジェーナ街道」の一部を歩かなかったことです。アッシジ駅から旧市街までは約5キロあり、多くの観光客はバス(片道1.30ユーロ)を利用します。
しかし、この道のりこそが巡礼者たちが何百年も歩き続けた聖なる道だったのです。途中にあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂には、聖フランチェスコが最期を迎えた小さな礼拝堂「ポルツィウンコラ」が大聖堂の中にそのまま保存されています。
巡礼者だけが知る特別な体験
実際に歩いてみると分かるのですが、この道にはVia Francigenaの標識があり、世界中からの巡礼者とすれ違います。彼らとの出会いこそが、アッシジ観光の真髄でした。ドイツから1ヶ月かけて歩いてきたという老夫婦から聞いた話では、巡礼者はクレデンツィアーレという巡礼手帳にスタンプを押してもらえ、アッシジでは観光案内所で無料でスタンプを押してもらえます。
アッシジで本当に大切なのは「時間」だった
これらの失敗を通じて学んだのは、アッシジは「見る」場所ではなく「感じる」場所だということでした。サン・ルフィーノ大聖堂で聖フランチェスコや聖キアーラが洗礼を受けた洗礼盤を前に立つとき、ピアッツァ・デル・コムーネでローマ時代の神殿跡を眺めるとき、大切なのは急がずに時間をかけることでした。
アッシジの営業時間は他のイタリアの都市とは少し違います。多くの聖堂や美術館は12時から14時まで昼休みを取り、夕方は18時頃には閉まってしまいます。でもこの昼休みの時間こそが、地元の人々と同じリズムで街を歩く絶好のチャンスなのです。
食事で失敗しないための地元民の知恵
アッシジの食事についても重要な発見がありました。観光地価格の高いレストランが多い中、Via Porticaにある小さなパン屋「Panificio」では、地元の人が朝食に食べるトルタ・アル・テストという薄焼きパンのサンドイッチが3ユーロほどで味わえます。ハムとチーズを挟んだシンプルなものですが、これが驚くほど美味しいのです。
また、意外だったのはウンブリア州のワインです。トスカーナの陰に隠れがちですが、「サグランティーノ・ディ・モンテファルコ」というこの地域特有の赤ワインは、タンニンが強く力強い味わいで、地元のレストランでグラス5ユーロから楽しめます。
季節によって全く違う顔を見せるアッシジ
アッシジを訪れるタイミングについても、失敗から学んだことがあります。私が最初に訪れたのは夏の観光シーズン真っ盛りでしたが、実は10月4日の聖フランチェスコの祭日前後が最も特別な時期です。
この時期には世界中から巡礼者が集まり、街全体が厳かな雰囲気に包まれます。普段は観光客向けの土産物店も、この期間だけは宗教的な品物を前面に出し、街の人々も特別な装いで教会に向かいます。
冬のアッシジに隠された静寂の美しさ
逆に12月から2月の冬季は観光客が激減しますが、これがかえって本来のアッシジの姿を体験できる絶好の機会です。雪化粧した石造りの街並みは息をのむ美しさで、暖炉のある小さなカフェで温かいチョコラータ・カルダ(ホットチョコレート)を飲みながら、ゆっくりと街の歴史に思いを馳せることができます。
帰り道で気づいた本当の「巡礼」の意味
アッシジ駅へ向かう帰り道、私は初めて巡礼路を歩きました。夕日が丘陵地帯を金色に染める中、同じ道を歩く他の旅行者たちと自然に会話が生まれました。フランスから来た学生、スペインの退職した教師、そして地元の修道士。
彼らとの出会いで分かったのは、アッシジの本当の価値は建物や美術品ではなく、人との出会いにあるということでした。聖フランチェスコが説いた「貧しさの中の豊かさ」「物質的なものを超えた喜び」を、現代の私たちも体験できる場所がアッシジなのです。
次回訪問への新たな計画
失敗を糧に、次回は最低2泊3日でアッシジを訪れる予定です。エルモ・デッレ・カルチェリという聖フランチェスコが瞑想したとされる洞窟へのハイキング、近郊のスペッロという花の街への日帰り旅行、そして何より地元の人々との交流をもっと深めたいと思っています。
アッシジは確かに小さな街です。でも、その小ささの中に込められた800年の祈りと歴史の重みは、急いで巡る観光では決して感じ取ることができません。失敗があったからこそ、今度はもっと深くアッシジと向き合えるような気がしています。