南イタリアの宝石箱で出会った、想像を超える美しさ
プーリア州の州都バーリから電車で約1時間半。レッチェという小さな町に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑みました。「南のフィレンツェ」と呼ばれるこの町は、想像していた以上に奥深く、一歩路地に入るたびに新しい発見が待っていたのです。特にレッチェ石と呼ばれる柔らかな黄金色の石灰岩で作られた建物群は、夕日に照らされると宝石のように輝きます。
なぜ観光客の9割が見落とすのか?本当の見どころはここにある
多くの観光客はドゥオーモ広場やサンタ・クローチェ聖堂だけを見て帰ってしまいます。しかし、レッチェの真の魅力は実は別の場所にあるのです。私が現地で出会った地元のガイド、マリオさん(60代の元教師)が教えてくれたサン・マッテオ教会は、観光地図にも載っていない隠れた名所でした。
この小さな教会は旧市街の奥まった場所、Via dei Perroniという細い路地にひっそりと佇んでいます。入場料は無料で、平日の午前9時から12時、午後4時から6時まで開いています。扉を開けた瞬間、壁一面を覆うバロック装飾の圧倒的な美しさに言葉を失いました。特に祭壇の木彫りの天使たちは、レッチェ石ではなく地元の職人が300年前に手彫りしたもので、その表情の豊かさは大聖堂のものより遥かに心を打ちます。
地元民しか知らない?裏路地に潜む本物のオステリア
レッチェでの食事について、多くのガイドブックは観光地周辺のレストランを推薦します。しかし、本当に美味しい料理は観光客向けの店舗ではなく、地元の人々が通う小さなオステリアにありました。
Via Rubichi通りの奥にある「Osteria degli Spiriti」は、看板も小さく、昼間は気づかずに通り過ぎてしまいそうな店構えです。営業時間は夜8時から11時まで(日曜定休)。席数はわずか12席で、予約必須です。ここで味わったオレッキエッテ・コン・チーメ・ディ・ラパ(耳たぶ型パスタと菜の花)は、これまで食べたどのパスタとも違う衝撃的な美味しさでした。
店主のジュゼッペさんに聞いた話では、使用している菜の花は店から徒歩10分の自家菜園で朝摘みしたもの。オリーブオイルも自家製で、樹齢200年のオリーブの木から採れた実だけを使っているそうです。一皿12ユーロという価格は決して安くありませんが、この品質なら納得です。
バロック建築の迷宮で迷子になった時の対処法
レッチェの旧市街は美しいのですが、同じような石造りの建物が続くため、方向感覚を失いやすいのも事実です。私も実際に30分ほど迷子になり、焦った経験があります。
そんな時に役立つのが鐘楼を目印にすることです。レッチェには3つの主要な鐘楼があり、最も高いドゥオーモの鐘楼(高さ68メートル)は旧市街のどこからでも見えます。迷った時はこの鐘楼を目指せば、必ず中心部に戻れます。
また、石畳は雨の日に非常に滑りやすくなります。特に12月から2月の雨季には注意が必要です。現地の人々は皆、滑り止めのついた靴を履いています。
知る人ぞ知る、レッチェ石職人の工房見学体験
レッチェで最も印象深かった体験は、レッチェ石彫刻職人の工房を訪れたことでした。Via del Salvatore通りにあるこの工房は、5代続く職人一家が営んでいます。
工房主のアントニオ・ロッシさん(45歳)は、レッチェ石の特性について詳しく説明してくれました。「この石は採掘直後は柔らかく、彫刻しやすいが、空気に触れると徐々に硬化する。だから職人は時間との勝負なんだ」と話してくれました。実際に小さな彫刻体験もさせてもらえ(1時間20ユーロ)、その難しさを身をもって体感しました。
工房見学は平日の午前10時から午後5時まで可能で、事前予約が必要です。英語での説明も可能ですが、イタリア語の方がより詳しい話が聞けます。
レッチェから日帰りで行ける隠れた絶景スポット
レッチェ滞在中、現地の人に勧められて訪れたオトラントという海辺の町は、予想外の素晴らしさでした。レッチェから路線バスで約1時間(片道4.50ユーロ)、アドリア海に面した小さな港町です。
ここのオトラント大聖堂には、12世紀に作られた巨大な床モザイクがあります。これは「生命の木」をテーマにした作品で、アレクサンダー大王からアーサー王まで、様々な伝説の人物が描かれています。入場は無料で、午前8時から午後7時まで開いています(日曜は午後1時まで)。
旅の終わりに気づいた、レッチェが与えてくれたもの
3日間のレッチェ滞在で、私が最も印象に残ったのは人々の温かさでした。道を尋ねれば、目的地まで一緒に歩いてくれる年配の女性。カフェで一人でいると、隣の席の家族が地元の祭りの話を聞かせてくれる。そんな何気ない交流が、この町の記憶を特別なものにしてくれました。
レッチェ中央駅は小さく、ローマやミラノのような大都市駅とは全く違います。しかし、その素朴さがこの町の魅力を象徴しているように感じました。駅前にはBar Centraleという地元の人で賑わう小さなカフェがあり、ここのエスプレッソ(1.20ユーロ)で旅の最後を締めくくりました。
実際に行く前に知っておきたい実用的なアドバイス
レッチェへのアクセスは、バーリ空港からが最も便利です。空港からバーリ中央駅まではシャトルバス(片道5ユーロ、約30分)、そこからレッチェまでは普通列車で約1時間半(片道10.50ユーロ)です。
宿泊については、旧市街内のB&B Casa Baroccaがおすすめです。17世紀の貴族の館を改装した宿で、朝食付きで1泊80ユーロ程度。オーナーのルチアさんは元英語教師で、流暢な英語で地元の情報を教えてくれます。
現金の準備も重要です。小さな店舗やオステリアでは、まだクレジットカードが使えない場所があります。旧市街のATMはBanco di Napoli(ドゥオーモ広場近く)が最も利用しやすい場所にあります。
最後に、レッチェを訪れるベストシーズンは5月から6月、そして9月から10月です。夏の7月8月は観光客が多すぎて、地元の人との交流が難しくなります。春と秋なら、より深くこの町の魅力を味わえるでしょう。
レッチェは決して大きな町ではありませんが、その分、一つ一つの出会いや体験が濃密でした。石造りの美しい建物たちは、きっとあなたの訪問を静かに待っているはずです。