ニュージーランド南島の南東部に位置するダニーデンは、スコットランド系移民が築いた美しい学園都市です。しかし多くの観光客が知らないのは、この街が持つ驚くべき記録と、表向きの静けさとは裏腹に潜む学生たちの熱狂的な文化です。オタゴ大学を中心とした若者の街でありながら、ビクトリア朝建築の重厚さが同居する不思議な魅力を、実際に現地を歩いて感じた驚きとともにお伝えします。
世界一急な住宅街の坂道?ボールドウィン・ストリートの真実
ダニーデン観光で絶対に外せないのがボールドウィン・ストリート(Baldwin Street)です。ギネスブックに「世界で最も急な住宅街の道路」として認定されているこの坂道は、勾配が最大35%(約19度)に達します。
実際に歩いてみると、その急勾配に息が切れることは間違いありませんが、驚くのはここに普通に人が住んでいることです。坂の途中には郵便受けがあり、洗濯物が干してあり、まさに生活の匂いがします。住民の方に聞くと「冬は滑って危険だけれど、景色がいいから気に入っている」とのこと。
ボールドウィン・ストリートは市内中心部から車で約10分、北谷(North Valley)地区にあります。公共交通機関でのアクセスは限られるため、レンタカーやタクシーの利用がおすすめです。坂の麓には無料の駐車場があり、頂上まで徒歩で約5分程度です。
興味深いのは、毎年7月に開催される「ジャファ・レース」というイベントです。球状のオレンジ味チョコレート「ジャファ」を坂の上から一斉に転がし、最初にゴールに到着したジャファの番号を当てるというユニークな催し物で、地元住民だけでなく観光客も楽しめます。
オタゴ大学周辺に隠された学生文化の熱狂
ダニーデンの心臓部は、1869年に設立されたオタゴ大学です。ニュージーランド最古の大学として知られていますが、観光客が見落としがちなのは、この大学が生み出す独特の学生文化です。
大学周辺の住宅街、特にキャッスル・ストリート(Castle Street)やノース・ダニーデン地区は、学生たちが住むフラット(シェアハウス)が立ち並びます。一見静かな住宅街に見えますが、週末の夜には学生たちのパーティーで賑わい、まさに「昼と夜で顔を変える街」なのです。
オタゴ大学のキャンパス内で注目すべきは、時計台(Clock Tower)とレジストリー・ビルディングです。これらの建物は1870年代から1880年代に建設されたもので、オアマル・ストーンと呼ばれる地元産の石灰岩を使用しています。この石材は時間が経つにつれて美しいクリーム色に変化するのが特徴で、ダニーデンの建築物に独特の風格を与えています。
大学博物館や図書館は平日の日中であれば一般公開されており、無料で見学可能です。特に中央図書館の閲覧室は、まるでハリー・ポッターの世界に迷い込んだような�荘厳な雰囲気です。
ダニーデン鉄道駅の建築美と消えた栄光
ダニーデン鉄道駅(Dunedin Railway Station)は、「世界で最も美しい駅の一つ」と称される建築物です。1906年に完成したこの駅舎は、フレミッシュ・ルネサンス様式で設計され、外観の赤レンガと白い石材のコントラストが印象的です。
駅内部のモザイクタイルの床は必見で、ロイヤルドルトン社製の陶器を使用した装飾が施されています。これらのタイルには蒸気機関車のモチーフが描かれており、鉄道全盛期の面影を今に伝えています。駅舎内の見学は無料で、毎日午前9時から午後5時まで可能です。
現在、この駅からは観光列車タイエリ峡谷鉄道(Taieri Gorge Railway)が運行されています。ダニーデンから内陸部のミドルマーチまでを結ぶ約4時間の旅で、料金は大人75ニュージーランドドル程度です。渓谷や高架橋、トンネルなど変化に富んだ景色を楽しめますが、運行日が限られているため事前確認が必要です。
知られざる鉄道の歴史
興味深いのは、ダニーデン鉄道駅がかつてニュージーランド南島の鉄道網の中心だったという事実です。19世紀末から20世紀初頭にかけて、金鉱ブームに沸くオタゴ地方の玄関口として大いに栄えました。しかし自動車の普及とともに鉄道利用者は激減し、現在では観光列車のみの運行となっています。
セント・ポール大聖堂とスコットランド移民の遺産
ダニーデンの宗教建築で最も印象的なのがセント・ポール大聖堂(St. Paul’s Cathedral)です。市内中心部のオクタゴン(八角形の広場)に面したこの大聖堂は、1919年に完成したゴシック・リバイバル様式の傑作です。
大聖堂内部で注目すべきは、ニュージーランド最大級のパイプオルガンです。1929年に設置されたこの楽器は3,500本ものパイプを持ち、毎週日曜日の礼拝や定期的なコンサートで美しい音色を響かせています。見学は平日の午前10時から午後4時まで無料で可能です。
オクタゴンを囲む建物群には、スコットランド系移民の文化的影響が色濃く残されています。特に市庁舎(Municipal Chambers)は1880年に建設され、エディンバラ城を模した設計が施されています。毎年4月には「スコティッシュ・フェスティバル」が開催され、バグパイプの演奏やキルト姿の人々で賑わいます。
野生動物との遭遇?オタゴ半島の隠れた魅力
ダニーデン中心部から車で約30分の距離にあるオタゴ半島(Otago Peninsula)は、野生動物観察の宝庫です。しかし多くのガイドブックには詳しく載っていない、地元の人だけが知る秘密のスポットがあります。
ロイヤル・アルバトロス・センターでは、翼を広げると3メートルにも達する巨大なアホウドリを間近で観察できます。入場料は大人49ニュージーランドドル、営業時間は午前10時から日没まで(季節により変動)です。アホウドリの繁殖期である11月から2月が最適な観察シーズンです。
地元の人しか知らない穴場は、サンドフライ・ベイ(Sandfly Bay)です。名前とは裏腹にサンドフライ(ブヨ)はほとんどおらず、野生のアザラシが海岸で日光浴をしている光景に出会えます。ただし、アザラシとは10メートル以上の距離を保つことが法律で定められています。
ペンギンとの意外な出会い
オタゴ半島で最も感動的なのは、イエローアイド・ペンギン(黄目ペンギン)との遭遇です。世界で最も希少なペンギンの一種で、現在の生息数は約3,400羽程度とされています。夕方の時間帯にビーチに戻ってくる姿を観察できますが、観察には忍耐が必要で、時には2時間以上待つこともあります。
ダニーデン観光で注意すべきポイント
ダニーデン観光で最も注意が必要なのは天候の変化です。南島の南端に近い立地のため、一日の中でも気温差が激しく、晴れていても突然雨が降ることがあります。重ね着できる服装と雨具は必須です。
交通面では、市内中心部は徒歩で回れる範囲にまとまっていますが、オタゴ半島や郊外の観光地へはレンタカーが便利です。ただし、ニュージーランドは左側通行ですが、多くの観光客にとって慣れない右ハンドル車での運転となるため、十分な注意が必要です。
レストランでの食事では、ブルーコッド(青タラ)やグリーンリップ・マッスル(緑イガイ)などの地元産シーフードがおすすめです。特にフィッシュアンドチップスは、現地で水揚げされた新鮮な魚を使用したものが1,500円程度で味わえます。
最後に、ダニーデンは学生が多い街のため、3月から11月の学期中は宿泊施設の予約が取りにくくなります。特に大学のイベント時期や卒業式シーズンは早めの予約が賢明です。この美しいスコットランドの面影を残す街で、きっと忘れられない思い出を作ることができるでしょう。