「危険だから行けない」は本当?ダマスカス観光の現実
シリアの首都ダマスカスと聞くと、多くの日本人が「危険な場所」というイメージを抱くでしょう。確かに外務省の渡航情報では注意が必要とされていますが、実際に現地を訪れてみると、想像していたものとは全く違う光景が広がっています。
世界最古の首都として約4000年の歴史を持つダマスカスは、内戦の影響を受けながらも、驚くほど日常的な生活が営まれている都市なのです。街を歩けば、香辛料の香りが漂う市場で商人たちが活気よく商売をし、カフェでは地元の人々が水パイプを楽しんでいます。
入国は本当に可能?ビザ取得の意外な真実
多くの旅行ガイドには載っていない情報ですが、日本人のシリア入国は現在でも可能です。ただし、事前のビザ取得が必須で、東京にあるシリア・アラブ共和国大使館での手続きが必要になります。
申請から取得まで約1週間程度かかり、料金は約5000円です。必要書類には英文の身元保証書や渡航目的書などが含まれるため、観光目的での入国には相当な準備と覚悟が必要というのが現実です。また、パスポートにシリアの入国スタンプがあると、その後の他国への入国で質問を受ける可能性もあります。
旧市街で体験する「生きた歴史」の迫力とは?
ダマスカス旧市街はユネスコ世界遺産に登録されており、その歴史の重みを肌で感じることができます。特に印象的なのが、ウマイヤド・モスクです。8世紀に建設されたこのモスクは、キリスト教の聖ヨハネ大聖堂の上に建てられており、宗教の歴史的変遷を物語っています。
入場料は外国人観光客で約500シリアポンド(日本円で約200円)と格安です。モスクの中庭に足を踏み入れた瞬間、1300年前の人々も同じ石畳を歩いていたのかと思うと、鳥肌が立ちます。意外なことに、非イスラム教徒の見学も歓迎されており、係員が親切に歴史について説明してくれました。
スーク(市場)で発見した職人技の世界
旧市街のスークでは、今でも伝統的な手工業が生きています。特にダマスカス鋼の刃物職人の技術は圧巻です。ダマスカス鋼は中世の十字軍時代から世界中で知られた名品で、現在でも一部の職人がその技術を受け継いでいます。
小さな工房で80歳を超える職人さんが、火花を散らしながらナイフを鍛造している姿は、まさに「生きた博物館」そのものでした。完成品は1本50ドル程度から購入可能ですが、日本への持ち込みには刃物の規制があるため注意が必要です。
絶対に食べるべき本場の味?地元グルメの真実
ダマスカスで絶対に味わうべきなのがキッベ・ナイヤという生肉料理です。新鮮な羊肉のミンチにブルグル(挽き割り小麦)を混ぜ、スパイスで味付けした料理で、日本では絶対に味わえない本物の中東料理です。
旧市街の老舗レストラン「ナルギーレ・ハウス」では、1人前約300シリアポンド(約120円)で提供されています。営業時間は午前11時から深夜2時までと長く、地元の人々で常に賑わっています。最初は生肉に抵抗がありましたが、スパイスの効いた深い味わいに感動しました。
甘党必見!バクラヴァの老舗の秘密
デザートではバクラヴァが有名ですが、ダマスカスの「ハルワーニー・ハラブ」というお店のものは格別です。1948年創業のこの店では、レシピを一切公開せず、家族だけで伝統の味を守り続けています。
薄いパイ生地を何層にも重ね、ピスタチオとローズウォーターで香りづけしたバクラヴァは、1個約50シリアポンド(約20円)。口に入れた瞬間に広がる上品な甘さと香りは、まさに中東スイーツの最高峰でした。
現地で感じた安全面の実情と注意点
実際に滞在してみて感じたのは、報道されているイメージと現実のギャップの大きさでした。ダマスカス中心部は比較的平穏で、夜間でも地元の人々が普通に街を歩いています。
ただし、写真撮影には細心の注意が必要です。政府関連の建物や軍事施設の撮影は厳禁で、場合によっては拘束される可能性もあります。また、女性の単独行動は避けた方が無難でしょう。現地の人々は外国人観光客に対して非常に親切ですが、文化的な違いを理解して行動することが重要です。
通信・両替事情の意外な不便さ
意外に困ったのが通信環境でした。国際制裁の影響で、多くの国際的なサービスが利用できません。WiFiは主要ホテルで利用可能ですが、速度は期待しない方が良いでしょう。
両替は空港や市内の両替商で可能ですが、レートの変動が激しく、USドルの現金を持参することをお勧めします。クレジットカードはほぼ使用できないため、必要な現金は事前に計算して持参する必要があります。
宿泊施設で体験した予想外のホスピタリティ
ダマスカスの宿泊施設選びは正直言って選択肢が限られています。国際的なホテルチェーンはほぼ撤退しており、地元経営のホテルが中心となります。私が宿泊した「オールド・ダマスカス・ホテル」は1泊約40ドルでしたが、スタッフの温かいもてなしが印象的でした。
特に驚いたのは、チェックイン時にホテルマネージャーが個人的に街の案内を申し出てくれたことです。「日本からわざわざ来てくれた」という理由で、営業時間外にも関わらず旧市街を3時間かけて案内してくれました。このような心のこもったサービスは、大手ホテルチェーンでは絶対に体験できないものでしょう。
シャワーの水圧が教えてくれたインフラの現実
一方で、インフラ面での不便さも実感しました。停電は1日に2〜3回程度発生し、その都度自家発電機が動き出します。水道の水圧も不安定で、シャワーの温水が突然冷水になることもありました。これらの経験を通じて、普段当たり前だと思っている日本のインフラの素晴らしさを改めて認識することができました。
帰国後に残る「行って良かった」という確信
ダマスカス観光を振り返ると、確かにリスクや不便さはありましたが、それを上回る価値のある体験でした。アラム語からアラビア語まで、言語の歴史的変遷を目の当たりにし、キリスト教とイスラム教が共存する宗教都市の複雑さを肌で感じることができました。
現地の人々との交流で最も印象的だったのは、若い世代の前向きさでした。困難な状況にも関わらず、「私たちの国の美しさを世界に知ってもらいたい」という強い思いを持って生活していました。彼らとの会話を通じて、メディアでは伝わらない人間の強さと優しさを学ぶことができました。
次に行く人へのリアルなアドバイス
もしダマスカス観光を検討している方がいるなら、十分な準備と覚悟が必要だということを強調したいと思います。観光地としてのインフラは決して整っておらず、言語の壁も高いのが現実です。しかし、それでも行く価値があると断言できるのは、ここでしか得られない歴史の重みと人々の温かさがあるからです。
旅行期間は最低でも1週間程度を確保し、現地での移動手段や緊急時の連絡先などを事前に詳しく調べておくことが重要です。そして何より、現地の文化と習慣に対する敬意を忘れずに訪れてほしいと思います。