なぜベスページは「ゴルファーの墓場」と呼ばれるのか?
ロングアイランドの最東端、ベスページ州立公園にあるベスページ・ブラックコース。ここは間違いなく、アメリカで最も恐ろしいパブリックコースです。入り口の看板には「WARNING: THE BLACK COURSE IS AN EXTREMELY DIFFICULT COURSE WHICH WE RECOMMEND ONLY FOR HIGHLY SKILLED GOLFERS(警告:ブラックコースは極めて困難なコースであり、高度な技術を持つゴルファーにのみ推奨します)」と書かれています。
この警告を甘く見た私は、後に4時間半の地獄を味わうことになりました。しかし同時に、なぜ全米オープンが4回も開催される舞台なのかを身をもって理解することになったのです。コース設計者のA.W.ティリングハストが1936年に完成させたこの傑作は、現在でもゴルファーたちを魅了し続けています。
予約戦争は朝4時から始まっている?
ベスページ・ブラックでのラウンドは、まず予約を取ることから始まります。ニューヨーク州の住民は7日前から、州外者は4日前からオンライン予約が可能ですが、これが想像以上の激戦です。平日でも週末料金の180ドル(州外者は200ドル超)という高額にも関わらず、予約開始と同時に埋まっていきます。
私が初めて挑戦した時は、朝4時にアラームをセットしてパソコンの前でスタンバイ。午前4時30分の予約開始と同時にサイトにアクセスしましたが、既に多くの時間帯が埋まっていました。結果的に確保できたのは平日の午前6時30分スタート。真夏の早朝ラウンドという、ある意味では最高のコンディションでした。
ここで知っておきたいのは、キャディの存在です。ブラックコースでは100ドル程度でキャディを雇うことができ、これは単なる贅沢ではありません。このコースの恐ろしいまでの戦略性を理解するには、地元の知識が不可欠なのです。
18ホール全てが罠?実際にプレーして分かった恐怖
「世界で最も困難なパブリックコース」という評価は決して大げさではありません。全長7468ヤード、パー71、コースレーティング77.0という数字だけでも恐ろしいのですが、実際にプレーしてみると数字以上の困難が待っています。
最初の試練は4番ホールです。517ヤードのパー4という、常識では考えられない距離設定。しかもフェアウェイは極端に狭く、両サイドは深いラフとバンカーに囲まれています。私はここで早くも7を叩き、メンタルが大きく揺らぎました。
そして悪夢の7番ホール。215ヤードのパー3ですが、グリーン手前の巨大なバンカーが全てを飲み込みます。風向きを読み間違えた私のボールは見事にバンカーイン。しかもこのバンカー、深さが2メートル近くあり、脱出するだけで精一杯でした。
最も印象的だったのは15番ホールの397ヤード・パー4。距離は短いものの、ドッグレッグの角に巧妙に配置されたバンカー群が、あらゆる攻略ルートを封じています。キャディが「タイガー・ウッズでも苦労したホール」と教えてくれましたが、まさにその通りでした。
プロが震え上がる12番ホールの秘密とは?
ベスページで最も恐れられているのが12番ホールです。499ヤードのパー4という、またしても常識外れの設定。しかし距離だけが問題ではありません。このホールには、ティリングハストの悪魔的な設計思想が凝縮されています。
ティーショットの落下地点には、まるで地雷のように配置された7つのバンカー群。さらにセカンドショットの先には、グリーンを完全に囲む深いバンカーが待ち受けています。2009年全米オープンでは、このホールの平均スコアが4.5を超えました。つまり、世界最高峰のプロゴルファーですらボギーが当たり前という計算です。
私がこのホールで学んだのは、「攻めない勇気」の大切さでした。キャディのアドバイス通り、ティーショットを3番ウッドで刻み、セカンドも確実にグリーン手前に運ぶ。結果的にボギーで上がれた時の達成感は、他のコースでのバーディー以上でした。
なぜ全米オープンが4回も開催されるのか?
ベスページ・ブラックが全米オープンの舞台として選ばれ続ける理由は、単純に「難しいから」ではありません。このコースには、世界最高峰のトーナメントに必要な全ての要素が揃っています。
まず驚くべきは観客収容能力です。2019年全米オープンでは約4万人の観客を収容しましたが、これはパブリックコースとしては異例の規模。平坦な地形を活かした観戦エリアの設計は、まさにトーナメント開催を前提とした作りになっています。
そして最も重要なのが「公平性」です。プライベートコースと異なり、誰でもプレー可能なパブリックコースで全米オープンを開催することで、USGAは「ゴルフの民主化」を表現しています。タイガー・ウッズが2002年と2019年に優勝を飾った舞台で、一般ゴルファーも同じ条件でプレーできるのです。
興味深いことに、全米オープン開催時のコースセッティングは通常より更に過酷になります。ラフは15センチ近くまで伸ばされ、グリーンの速さは14フィート以上。つまり私たちが普段体験するベスページでも、実は「優しいバージョン」なのです。
地獄のラウンド後に待っていた意外な感動?
4時間半のラウンドを終えて、スコアは予想通りの3桁でした。しかし不思議なことに、悔しさよりも達成感の方が大きかったのです。19番ホール(クラブハウスのバー)で他のプレーヤーたちと談笑していると、みんな同じような表情をしていました。
「今日のベストショットは?」という質問に、誰もバーディーの話をしません。代わりに「7番のバンカーから一発で出せた」「12番でボギーが取れた」といった、他のコースなら当たり前のことを誇らしげに語っています。これこそがベスページの魔力なのかもしれません。
クラブハウスの壁には、歴代全米オープンの写真がずらりと飾られています。その中に混じって、一般プレーヤーの記念写真もたくさん掲示されています。「今日この場所でプレーした」という事実が、どんなスコアよりも価値のある体験だと実感しました。
次回挑戦する人への本音のアドバイス
ベスページ・ブラックへの挑戦を考えている方に、経験者として率直にお伝えします。まずハンディキャップ10以上の方は本当に覚悟が必要です。コース側の警告は決して脅しではありません。
実用的なアドバイスとしては、必ずキャディを雇うこと。100ドルの投資で、コースマネジメントだけでなく、各ホールの歴史や戦略についても学べます。また、ボールは最低でも1ダース持参してください。私は8個をロストしました。
プレー時間は通常より1時間程度長くなると考えておきましょう。特に夏場の午後スタートは、暑さと疲労でメンタルが大きく削られます。可能であれば早朝スタートをお勧めします。
最後に、スコアは忘れてください。ベスページでは「完走」することが既に勝利なのです。世界最高峰のゴルフ場で、プロと同じ条件でプレーできる機会は滅多にありません。この特別な体験を、心から楽しんでいただければと思います。
帰りの車中で振り返ると、確かに辛いラウンドでした。しかし間違いなく、ゴルフ人生で最も印象深い一日となったことも事実です。ベスページ・ブラックは、挑戦する価値のある「聖地」なのです。