トリグラウ国立公園で遭難しかけた私が語る、スロベニアの隠れた絶景と知られざる落とし穴

スロベニアに本当に国立公園があるの?

正直に言うと、私も最初は「スロベニア?どこそれ?」状態でした。でも実際に足を運んでみると、この小さな国には驚くほど壮大な自然が広がっていたんです。トリグラウ国立公園は、スロベニア北西部のユリアンアルプスに位置する同国唯一の国立公園。面積は838平方キロメートルで、東京都の約4割の大きさです。

公園名の由来となったトリグラウ山(標高2,864m)は、スロベニアの最高峰であり国のシンボル。「三つの頭」を意味するその名の通り、3つの峰を持つ独特の山容が印象的です。リュブリャナから車で約1時間30分、最寄りの町ブレッドからなら40分ほどでアクセスできる立地の良さも魅力の一つ。

計画段階で知っておくべき「時期」の重要性

私が初めて訪れたのは5月下旬。「もう春だし大丈夫だろう」と軽く考えていたのが大間違いでした。標高1,500m以上の高地では、5月でもまだ雪が残っているんです。特にヴィントガル渓谷の奥地や、ボーヒニ湖周辺の山間部では、朝晩の気温が氷点下近くまで下がることも。

ベストシーズンは6月から9月。この時期なら、公園内の主要なハイキングコースがすべて開通しています。入園料は無料ですが、駐車場は有料(1日5-8ユーロ)。朝7時前なら駐車場が無料になる場所もあるので、早起きが得意な人にはお得な情報です。

絶対に見逃せない「青の絶景」とは?

ボーヒニ湖は間違いなく公園最大のハイライト。氷河によって形成されたこの湖は、時間や天候によって色を変える不思議な魅力があります。朝の静寂に包まれた湖面は鏡のように周囲の山々を映し出し、午後の強い日差しの下では信じられないほど深いエメラルドブルーに変化するんです。

湖畔の聖ヨハネ教会は14世紀建立の小さな教会ですが、湖との組み合わせは絵画のような美しさ。湖を一周するハイキングコースは約12km、3-4時間程度で歩けます。途中のサヴィツァ滝は落差78mの迫力ある滝で、春の雪解け時期は水量が増して圧巻の光景を見せてくれます。

知る人ぞ知る「湖の水温」の秘密

ボーヒニ湖の水温は夏でも20度前後。地元の人に聞いた話では、湖底から湧き出る冷たい湧水が一定の温度を保っているのだとか。そのため水質は驚くほど透明で、湖底まではっきり見えることがあります。ただし、泳ぐ際は相当な覚悟が必要です。

ヴィントガル渓谷で体験した「恐怖」の正体

ヴィントガル渓谷は全長1.6kmの渓谷で、川に沿って設置された木製の遊歩道を歩いて奥地へ向かいます。入場料は大人10ユーロ、営業時間は4月から10月の8時から19時(夏季)。一見すると観光地らしい整備された散策路なのですが、実は意外な落とし穴があります。

遊歩道の一部は川面から数メートルの高さに設置されており、手すりはあるものの結構な高度感があるんです。しかも木製なので、雨の日や朝露で濡れているときは非常に滑りやすい。私は途中でバランスを崩し、一瞬川に落ちそうになってヒヤリとしました。

地元ガイドが教えてくれた渓谷の歩き方

現地で出会った地元ガイドによると、渓谷を歩く際は「午前中の早い時間」がベストタイミング。理由は光の角度にあります。朝の斜めに差し込む光が、渓谷の岩肌や苔を美しく照らし出し、写真撮影には最高のシチュエーションを作り出してくれるのだそう。

トリグラウ山登山で学んだ「準備不足の代償」

スロベニア最高峰への挑戦は、決して甘く見てはいけません。トリグラウ山への登山ルートは複数ありますが、最もポピュラーな「ヴラタ渓谷ルート」でも往復8-10時間の本格的な山行です。標高差は1,600m以上、途中には鎖場やワイヤーを使う箇所もあります。

私は軽装で挑んでしまい、途中で天候が急変したときに本当に危険な思いをしました。山小屋での宿泊を前提としない日帰り登山でも、レインウェア、防寒着、ヘッドランプ、十分な食料と水は必須。登山靴も軽登山靴以上のグレードが必要です。

山頂で出会った「国の誇り」

苦労して辿り着いた山頂には、スロベニア国旗が誇らしげに掲げられていました。地元の登山者に聞いた話では、スロベニア人にとってトリグラウ山は特別な存在。「真のスロベニア人になるためには一度はトリグラウに登らなければならない」という格言があるほどなんです。山頂からは360度の大パノラマが広がり、晴れた日にはアドリア海まで見渡せます。

地元民だけが知る「隠れた名物グルメ」発見

観光地の食事は期待していなかったのですが、ボーヒニ湖畔の小さな山小屋レストランで出会ったクラニスカ・クロバサ(クライン地方のソーセージ)は絶品でした。この地域特有のスモークソーセージで、ジュニパーベリー(杜松の実)で燻製した独特の香りが忘れられません。一皿8-12ユーロほどで、地元産のサワークラウトとライ麦パンが付いてきます。

さらに驚いたのがポティツァというスロベニア伝統の渦巻きケーキ。くるみやはちみつ、時にはタラゴンという珍しいハーブを使ったフィリングが層になって巻かれており、一口食べると複雑で深い味わいが口の中に広がります。観光客向けのカフェではなく、地元の人が通う小さなパン屋で見つけたものが最高でした。

野生動物との思わぬ「至近距離遭遇」

トリグラウ国立公園には、約7,000頭のシャモア(カモシカの仲間)や、絶滅危惧種のイヌワシが生息しています。しかし私が最も印象に残っているのは、早朝のハイキング中に出会った野生のアカシカの群れでした。

ボーヒニ湖から山間部へ向かう森林地帯で、突然目の前20メートルほどの場所に10頭ほどのアカシカが現れたんです。お互い動けずにしばらく見つめ合っていましたが、やがて彼らはゆっくりと森の奥へ消えていきました。地元のレンジャーによると、早朝5-7時頃と夕方17-19時頃が野生動物に遭遇する確率が最も高いそうです。

クマとの共存ルール

実はスロベニアには約500-700頭のヒグマが生息しており、トリグラウ国立公園内でも目撃例があります。ハイキング中は大きな声で話す、ベルを鳴らすなどして自分の存在を知らせることが重要。食べ物は密閉容器に入れて持ち歩き、キャンプ時は絶対にテント内に食料を置かないよう注意が必要です。

帰路で気づいた「この国の本当の魅力」

3日間の滞在を終えて振り返ると、トリグラウ国立公園の真の価値は壮大な自然だけではありませんでした。小さな国土に凝縮された多様な景観、そして自然を大切にする地元の人々の姿勢が最も印象に残っています。

公園内のトイレや休憩所は驚くほど清潔で、ゴミ一つ落ちていない登山道。すれ違うハイカーは必ず挨拶を交わし、困っていると自然に手を差し伸べてくれる温かさ。観光地化が進む中でも、自然との調和を保ち続けるスロベニアの人々の意識の高さを肌で感じました。

リュブリャナ空港への帰路、バスの窓から見えるユリアンアルプスの山並みを眺めながら、「また必ず戻ってこよう」と心に誓いました。次回は冬のクロスカントリースキーや、アルパイン植物が咲き乱れる7月の高山植物観察など、まだ見ぬトリグラウの顔を発見したいと思います。