スイス国立公園で遭遇した「観光客お断り」の真実と、それでも行くべき理由

「観光地じゃない」と言われて愕然とした初日

スイス国立公園を訪れた時、最初に受けた印象は「あれ、観光地っぽくない」でした。派手な看板もなければ、お土産屋さんも見当たりません。実はこの公園、中央ヨーロッパ最古の国立公園でありながら、一般的な「観光地」とは一線を画す場所なのです。

1914年に設立されたこの公園は、グラウビュンデン州の東部、イタリア国境近くに位置し、総面積は約170平方キロメートル。ツェルネッツ(Zernez)が最寄りの拠点となる町で、チューリッヒから電車で約3時間半の道のりです。入園料は無料ですが、ここには独特のルールが存在します。

なぜハイキングコースを外れただけで怒られるの?

公園内で最も驚いたのは、指定されたトレイルからたった数メートル外れただけで注意を受けたことでした。スイス国立公園は「完全保護区域」として管理されており、動植物への影響を最小限に抑えるため、立ち入り禁止区域が厳格に設定されているのです。

花を摘むことはもちろん、石ころひとつ持ち帰ることも禁止。犬の同伴も不可で、キャンプファイヤーやピクニックも指定場所以外では一切認められません。最初は窮屈に感じましたが、これこそが100年以上にわたって手つかずの自然を守り続けてきた秘訣なのです。

朝5時に目撃した「奇跡の瞬間」とは?

厳しいルールの代償として得られるのは、他では体験できない野生動物との出会いです。早朝5時頃、アイベックス(アルプスアイベックス)という野生のヤギに遭遇した時の感動は今でも忘れられません。

この公園には約1,500頭のアイベックスが生息しており、運が良ければ群れで行動する姿を観察できます。また、レッドディア(アカシカ)やマーモット、時にはベアード・イーグル(ヒゲワシ)も姿を現します。特に9月から10月にかけての発情期には、雄鹿の鳴き声が谷間に響き渡る光景は圧巻です。

地元の人しか知らない「隠れた名所」へのアクセス方法

公園内には21のハイキングコースが整備されていますが、観光客の多くが見逃すのがムント・ラ・シェラ(Munt la Schera)への登山道です。標高2,586メートルのこの峰からは、ベルニナ・アルプスの絶景が一望できます。

往復約6時間の中級者向けコースですが、頂上付近では運が良ければスノーフィンチ(ユキスズメ)という高山に生息する珍しい鳥類を観察できます。ただし、6月から10月までの開園期間中でも、悪天候時は即座にトレイルが閉鎖されるため、事前にツェルネッツの国立公園センターで最新情報を確認することが必須です。

宿泊施設が「ほぼない」公園での賢い滞在術

スイス国立公園内には宿泊施設がほとんどなく、唯一の選択肢はホテル・イル・フオーン(Hotel Il Fuorn)のみ。1920年から営業する歴史あるホテルですが、6月中旬から10月中旬の営業で、1泊約150スイスフラン(約2万円)と決して安くはありません。

多くの旅行者は、ツェルネッツまたはシュクオール(Scuol)に宿泊し、日帰りでアクセスしています。ツェルネッツからは路線バスが運行しており、夏季は1日7便程度で公園の主要エントランスまで約15分です。

「何もない」からこそ見えてくる自然の真の姿

スイス国立公園の最大の魅力は、まさに「何もない」ことかもしれません。商業化された観光地にはない静寂と、100年以上前から変わらぬ景観が、訪れる人に特別な体験をもたらします。

午後の強い陽射しの中、ラルケット渓谷を歩いていた時、風の音以外は一切聞こえない瞬間がありました。現代社会でこれほど完全な静寂を体験できる場所は、世界でも数少ないでしょう。11月から5月までの閉園期間があるからこそ、自然のサイクルが完全に保たれているのです。

この公園は確かに「一般的な観光地」ではありません。しかし、本物の大自然と向き合いたい人にとっては、これ以上ない場所といえるでしょう。