ペトラ遺跡で絶対にやってはいけない5つの失敗と、現地で体験した想像以上の感動

「バラ色の古都」への憧れと、現実のギャップに驚愕

ペトラ遺跡の入口から続く岩の回廊

ヨルダンのペトラ遺跡と聞くと、映画「インディ・ジョーンズ」のあの有名なシーンを思い浮かべる方も多いでしょう。私も同じでした。しかし、実際に足を踏み入れてみると、想像していた「遺跡」のイメージとは全く違う体験が待っていたのです。

まず驚いたのは、その広大さ。ペトラは単なる建物ではなく、東西約4キロ、南北約6キロに及ぶ巨大な古代都市遺跡群なのです。入場料は1日券50ヨルダン・ディナール(約8,000円)と決して安くありませんが、朝8時から夕方6時まで(冬期は5時まで)の開場時間をフルに使っても回りきれないほどの見どころがあります。

最初の失敗:「軽装で行けばいいや」という甘い考え

岩山に刻まれた古代ナバテア人の墓群

私が犯した最大の失敗は、服装を甘く見ていたことでした。「遺跡見学だから普通の服装で大丈夫」と思っていたのですが、これは大間違い。

ペトラの入口から「宝庫(トレジャリー)」まで約1.2キロの岩の回廊「シク」を歩くのですが、これがまさにハイキングコース。足元は凸凹した岩道で、普通のスニーカーでも滑りそうになる場面が何度もありました。さらに、標高900メートルの高地にあるため、日中でも風が強く、朝晩は思った以上に冷え込みます。

現地で出会った経験豊富な旅行者からのアドバイス:トレッキングシューズは必須、そして必ず帽子とサングラスを持参すること。砂漠の強烈な日差しと、岩から跳ね返る照り返しは想像以上でした。

知られざる真実:ペトラは墓地だった?

有名な宝庫の壮大な岩彫りファサード

多くの観光客が見逃している重要な事実があります。実は、私たちが「宮殿」だと思って眺めている美しい建造物の多くは、古代ナバテア人の墓なのです。

特に有名な「宝庫」も、実際は紀元前1世紀頃に造られた王族の墓と考えられています。現地ガイドのアハメドさん(ベドウィンの末裔)が教えてくれたのですが、「宝庫」という名前も後世の人々が勝手につけたもので、本来の名称ではないそうです。

さらに驚いたのは、ペトラには約800を超える墓が点在していること。つまり私たちは巨大な古代の墓地を歩いているのです。この事実を知ると、遺跡の見方が180度変わります。美しい装飾も、すべて死者への敬意と来世への願いが込められていたのですね。

体力勝負?修道院への道のりで学んだ教訓

修道院へ続く険しい石段の道

ペトラ最大の建造物「修道院(モナスタリー)」への道のりは、まさに試練でした。宝庫から約3キロ、高低差約200メートルを登る必要があります。

途中で何度も「もう無理かも」と弱音を吐きそうになりましたが、道中で出会った70歳の日本人女性が黙々と登り続ける姿に感動し、私も頑張ることができました。約1時間半かけてたどり着いた修道院は、宝庫よりもさらに大きく(幅約47メートル、高さ約50メートル)、その迫力は言葉では表現できません。

重要なアドバイス:修道院まで行く場合は、最低でも6時間は時間を確保してください。また、途中で水分補給できる場所は限られているので、必ず十分な水を持参することをお勧めします。

夜のペトラが魅せる、もう一つの顔

ろうそくの明かりに照らされた夜の宝庫

多くの観光客が知らない特別な体験があります。それは「ペトラ・バイ・ナイト」。毎週月・水・木曜日の夜8時半から開催される夜間特別見学ツアーです(別途23ヨルダン・ディナール必要)。

約1,500本のろうそくに照らされた宝庫は、昼間とは全く違う神秘的な雰囲気。ベドウィンの伝統音楽が響く中、古代の人々もこんな夜を過ごしていたのかもしれないと想像すると、鳥肌が立ちました。

ただし、夜間は気温が急激に下がります(夏でも15度程度まで下がることも)。厚手のジャケットは必須です。また、足元が非常に暗いため、小型の懐中電灯があると安心です。

アンマンからペトラへ:移動で気をつけたい落とし穴

首都アンマンからペトラまでは約260キロ、車で約3時間の道のりです。多くの旅行者が利用するJETTバスは1日3便運行しており、料金は片道7ヨルダン・ディナール。しかし、ここに大きな落とし穴がありました。

私が実際に体験したトラブルは、バスの遅延です。予定より1時間以上遅れて到着したため、その日の観光時間が大幅に削られてしまいました。現地の人に聞くと「よくあること」だそうで、スケジュールには必ず余裕を持たせることが重要だと痛感しました。

また、ペトラの玄関口ワディ・ムーサ村での宿泊も要注意。村自体は小さく、レストランや商店の選択肢が限られています。特に金曜日は多くの店が休業するため、食事の確保に苦労することも。

現地で知った「水の民」ナバテア人の驚異的技術

ペトラを歩いていると、岩肌に刻まれた細い溝を至る所で見つけることができます。これは「水路システム」の一部で、砂漠の民ナバテア人の卓越した技術力を物語っています。

現地ガイドによると、彼らは年間降水量わずか200ミリという過酷な環境で、雨水を効率的に集めて貯蔵する複雑なシステムを構築していました。岩を削って作られた貯水槽は、なんと2000年以上経った今でも機能しているものがあるのです。

この技術があったからこそ、ペトラは古代の交易都市として繁栄し、最盛期には約2万人が暮らしていたとされています。美しい建造物だけでなく、こうした実用的な技術にも注目すると、ペトラの奥深さをより感じられるでしょう。

帰る前に味わいたい、ペトラの隠れた美味

観光に夢中になりがちですが、現地の食事も貴重な体験の一つです。ワディ・ムーサ村で絶対に試してほしいのが「マンサフ」というヨルダンの国民料理。ラム肉をヨーグルトソースで煮込んだ料理で、現地のレストラン「Al-Wadi Restaurant」で食べたものは忘れられない味でした。

また、意外な発見だったのが「ベドウィン・ティー」。ペトラ遺跡内の休憩所で飲んだこのお茶は、砂漠のハーブをブレンドした独特の風味で、疲れた体に染み渡りました。

ペトラ遺跡は確かに体力的にハードな観光地ですが、事前の準備と心構えがあれば、きっと人生で最も印象深い旅の思い出になるはずです。古代ナバテア人が残した奇跡の都市で、あなたも新たな発見をしてみませんか。